この動画では、「言論統制」に関する現代の状況について、特にSNSの影響とその歴史的背景を踏まえながら考察させていただきました。言論統制の厳しさが日々のSNSプラットフォームにおいて増している点に着目し、言論の自由と規制の線引きについて考察しています。

1. SNSにおける言論統制の現状

現在、YouTubeやFacebookをはじめとする多くのSNSプラットフォームでは、特定の言葉や表現が規制されており、投稿が削除されたり、チャンネルが停止されるなどの制限が頻発しています。
イーロン・マスク氏がTwitterを買収し、「X」に改名した際、言論の自由を重視し、規制の緩和が進められました。これは、多くのユーザーに支持される一方で、公共の秩序や個人への中傷に対しては、引き続き削除対応が実施されています。

2. 歴史的事例と現代との対比

言論統制の歴史的事例として、平清盛の赤禿(あかかむろ)を用いた統制がありました。清盛の支配下では、街中で平家への批判が許されず、通報者により違反者が逮捕されるような体制が敷かれていました。結果として平家はその支配基盤を失い、源平合戦を経て滅亡するに至りました。
この歴史から、現体制への批判が統制され、言論が抑え込まれれば抑え込まれるほど、その反動として体制の崩壊が訪れる可能性があります。

3. 現代日本における言論統制の兆候

現代日本においても、SNSやインターネットの発展に伴い、さまざまな言論統制が行われていることが明らかになっています。従来は大手メディアを通じて一方的に発信されていた情報が、現在ではSNSを介した多様な意見が可視化され、民衆が従来の報道に対する疑問を抱きつつある現状が浮き彫りとなっています。
こうした言論統制の困難さが増し、政治やメディアに対する民衆の支持が薄れていくと、体制や時代が変化する兆しが見えてきたと考えられます。

結論

言論統制が行われることで一時的な体制維持が可能であるものの、長期的には体制そのものの信頼を損なうリスクが伴います。日本でも、メディアや既存の政治に対する民衆の関心が薄れていく中、言論統制に限界が見られるようになり、時代の転換点に差し掛かっていることが示唆されています。

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【話の内容】

今回のお話は言論統制ということでお届けしようと思います。
言論統制厳しいですよね。YouTubeなどで言っちゃいけない言葉、あるいはネット上で書いちゃいけない言葉って、いっぱいありますよね。

言葉がチェックされて、ブログでも丸ごと消されてしまったり、YouTubeのチャンネルが削除対象になったり、Facebookでも、ちょっとした記事が削除対象になったり、こうした言論統制があまりにもひどいということで、イーロン・マスクさんが、「冗談じゃない、とこんなに言論統制するよものはSNSとは言えない」って、Twitter社が買い取られたりもしました。すごいですよね。
そしてご自身が経営に関与するようになって、会社名が「X」になって、「X」ではの言論統制は基本しないというふうになってきています。
それは、とても良いことだと思います。

ただ、「X」においても言論統制されてるものもあります。何かというと、例えば、幼児売春のようなもの。要するに公序良俗に反するようなものに関しては、これはやはり削除対象ですし、特定個人に対する中傷も、当然削除対象です。そうではなくて、政治上の意見の違い・・・・たとえばTwitter時代には、トランプさんの発言が全部カットされたりしました。以前はトランプさんの発言は削除するけれど、不当な性行為みたいなものは野放図であったわけです。これはおかしなことです。
今は全く逆に、政治的発言に関しては、民主党側の発言も、共和党側の発言もどちらも自由に発言できる。公序良俗に反するものは一切駄目と、明確な一線が引かれています。イーロン・マスクさん、大変立派な方であるなと思います。

言論統制というものは、これが行われるようになると、それから概ね10年から20年の間に、現体制が崩壊します。
古くは平清盛の言論統制がありました。赤禿(あかかむろ)といって、15歳ぐらいの少年に赤い衣装を着せ、髪型を全員オカッパ頭にして、街中を徘徊させて、平家一門の悪口をちょっとでも聞いたら、あそこであの人が悪口言ってましたという通報をする。すると今でいう警察官のような人たちが飛んでいって、その人を逮捕するなんてことが行われました。

結果どうなったかというと、平清盛個人ではなくて、清盛の家全体、つまり平家が滅ぼされるわけです。
これが有名な源平合戦ですが、この戦いは、もちろん大将は源氏と平家ですけれど、それに従った武将たちはテレコになっているのです。
源頼朝に従った武将たちは、全部平氏の武将です。
平忠盛に従った武将たちは、全員、源氏の武将たちでした。

つまり現体制が、味方とすべき平氏の人たちから、完全に見限られてしまったのです。
一方、平家の側には、あまり言論統制の影響を受けなかった源氏の武将が付きました。体制を守ろうとしたのですね。

こうして時代は平安時代から鎌倉時代へとシフトしました。
大きな政治的な変革が行われるときというのは、「民衆の気持ちが政権から離れていったとき」です。
民衆の言論への弾圧ができる間は、政権が維持されるのです。
できなるなったとき、時代が動くのです。

日本におきましても、様々な言論統制が行われているということが最近すごく明らかになってきました。こういうことが明らかになってきたというのは、もちろんネットといったような媒体が発達してきたということが一つの大きな要因ではあるんですけれども、今までのように、大手のメディアを使うだけで言論の統制ができたという時代ではもうなくなってるわけです。

つまり、メディアの報道からも、既存の政治からも「民衆の気持ちが離れて」行っているわけで、民衆への言論弾圧ができる間は、政権もメディア支配も維持されますが、できなくなったとき、時代が動くのです。
そして、その時代がいよいよ到来したのです。

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