東大の研究で縄文人の「殺傷」説が浮上しましたが、調査対象はたった一体の女性頭骨。その傷の形状から見えてきたのは、むしろ平和だった縄文時代の証明でした。歴史を論理で読み解く重要性を語ります。
◉ 一体の頭骨が「暴力の証拠」!? 最新研究の背景とその論理
2024年4月、東京大学が発表した研究結果に基づき、「縄文人は暴力的だった」とする報道が大々的に展開されました。報道の根拠となったのは、外傷のある10数体の縄文人骨の中の「たった一体」の頭骨に関する分析です。研究チームはこの頭骨に見られる傷が「殺傷痕」として外部からの攻撃によるものであると結論づけ、「縄文時代には1対1または複数人との戦闘が存在した」としています。
この研究結果により、「縄文時代は平和だった」という従来の見解が否定されるかのような印象が広まりましたが、実はこの平和観こそが、14年前から提唱してきた「ねず説」です。当初は学会から無視され、批判の対象ともなりましたが、その後多くの支持を集め、現在では広く常識化しています。
◉ 銃弾のような傷跡?真相は火山弾の可能性
研究対象となった頭骨は、実は100年前にすでに発見されていたもの。今回の研究では、その頭骨に開いた穴の性質が詳細に調査されました。その結果、外側の穴が小さく、内側に向かって広がる特徴を持っていることが判明します。
これは現代の銃弾による射創に見られる特徴で、人間が手に持った道具で突いた場合とは明らかに異なるものです。つまり、研究者の仮説である「鹿の骨で刺された」という推測とは物理的に一致しません。
このような傷の形状を自然現象と照らし合わせると、唯一あり得る可能性は「火山弾」。すなわち、火山の噴火によって飛散した高速度・高温の小型溶岩片が、たまたま逃げる途中の女性の頭部を直撃したという自然災害説です。
この場合、外傷の発生も5000万人に1人という確率で説明がつきます。暴力行為ではなく、極めて稀な自然災害による事故だったと考える方が、より整合的です。
◉ 事実に基づき論理を積み重ねることの重要性
歴史を読み解く上で大切なのは、事実に基づいた論理の積み重ねです。一体の頭骨から「縄文人は好戦的だった」とするのは、政治的な思惑による解釈であり、牽強付会の典型といえるでしょう。
実際、研究レポートでも明記されている通り、この傷が争いによるものである証拠はなく、推測にすぎません。それにもかかわらず、「縄文時代は暴力の時代だった」と断定的に結論付けるのは、学術研究のあるべき姿とは言い難いものです。
長年、「縄文は平和だった」と唱えてきたねず説は、当初は“非常識”とされましたが、今回の件はかえってその正当性を裏付ける結果となりました。学問とは、既存のイメージを打ち破り、事実を基に新たな理解を導く営みです。
◉ 歴史・古典・経済――すべては論理によって読み解ける
この話は単に縄文人の暴力性の有無にとどまらず、歴史をどう読み解くかという本質的な問題を示しています。事実を一つ一つ丁寧に拾い、そこに論理を積み重ねていけば、過去の出来事も、現代の社会問題も、経済も、実に明確に理解することが可能です。
「歴史」「古典」「経済」など異なる分野であっても、その読み方は本質的に同じです。思い込みや政治的誘導に惑わされず、冷静に事実を見る目を育てること――それこそが、未来を切り拓く力になるのです。
🔍 結論:たった一体の人骨から“民族性”を語ることの危うさ
5000万人中1例という超例外的な事象をもとに、「日本人は暴力的だった」とするような結論は、あまりに乱暴です。それは過去をゆがめ、現代人に誤った自己認識を与える危険があります。
だからこそ私たちは、先人の遺した事実を正しく受け止め、論理的に、冷静に、その真実を紡いでいく責任があるのです。
