神武天皇祭の由来と意義を踏まえ、日本の建国精神や民度の源流に触れます。神武天皇の「建国の詔」を通して、日本がどんな理想のもとに始まったのかを深く学ぶ内容です。

◉ 神武天皇祭とは何か

4月3日は、神武天皇の崩御日を記念した「神武天皇祭」です。これは、1874年から1948年まで正式な祝日として定められていたもので、現在では宮中祭祀としてのみ行われています。神武天皇祭が公の祭祀として始まったのは1860年。ペリー来航による外圧が高まる中、日本の国体を守るために、当時の孝明天皇が改めて神武天皇の御陵を整備し、御霊をお祀りするという姿勢を示したことがきっかけです。

このように神武天皇祭は、単なる儀式ではなく、日本の「国柄」—すなわち、国の在り方・精神性・歴史観—を再確認する日としての意味を持っています。戦後、祝日から外されてしまったことは、日本人が自国のルーツから遠ざかってしまう一因ともなっており、この日を通じて改めて「私たちはどこから来たのか」を見つめ直すことが大切なのです。

◉ 建国の詔に込められた精神

神武天皇の「建国の詔」は、日本という国がどのような理念と志で始まったのかを示す、まさに原点ともいえる文章です。そこには「真心をこめて都を開く」「まっすぐな心で暮らせる徳の国をつくる」といった、日本ならではの柔らかな政治思想が込められています。

特に注目すべきは、「都(みやこ)」の捉え方です。西洋のように権力の中心地としてではなく、「皆でお米を持ち寄って災害時に備える米蔵」のようなイメージが語られました。これは災害の多い日本において、国民同士が助け合って生きていくための仕組みであり、現代に通じる防災や共助の考え方にもつながっています。

また、建国の詔には「八紘一宇(はっこういちう)」の精神も見られます。これは、四方八方の人々が一つ屋根の下に暮らすという理想を意味しており、日本的な協調と共生の価値観を端的に表しています。このような思想は、世界中でも類を見ないものであり、他国の「武力による独立・征服」を基軸とした建国神話とは大きく異なります。

◉ 原点回帰が未来をつくる

「建国の詔」は、単に歴史的な文書として読むのではなく、未来に希望をつなぐための「羅針盤」としての役割があります。たとえ神武天皇が実在したかどうかの議論があっても、そこに込められた理念や精神をどう現代に活かしていくかが、今を生きる私たちに問われています。

現代社会が混沌とする中で、福の神が訪れる清らかな家のように、日本という国も「心を整える」必要があります。自分の身の回りを整えること、真心をもって人と接すること、それがそのまま国の民度の高さへとつながっていきます。

「お部屋がきれいだと福の神が来て、汚れていれば貧乏神が居座る」という例え話も交えながら、動画では日本人の精神性とその実践の大切さが語られました。これは政治制度の話ではなく、日々の暮らしの中に根付く「国柄」の話です。

神武天皇祭を機に、我々は日本人としての誇りを取り戻し、次の世代へと「徳の国」の精神をつないでいく必要があります。今ある混乱を嘆くのではなく、原点に立ち返り、「どう生きるか」を選び取る力を養っていきましょう。

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