1953年2月1日、日本初のテレビ本放送がNHKでスタートしました。戦後の混乱期、GHQの管理下で情報統制が行われる中、テレビ放送はどのように誕生し、社会を変えていったのか?放送の第一報は「天皇陛下のご健康」――そこに映し出された当時の日本とは?戦後メディアの歴史と、現代の情報社会への影響を振り返ります。テレビの誕生が日本人の価値観に与えた影響とは?ぜひご覧ください!

1 テレビ放送の開始

本日2月1日は、1953(昭和28)年に日本初のテレビ本放送がNHK東京放送局でスタートした日です。
今や当たり前のテレビですが、その歴史を振り返ると、GHQの影響やメディアの変遷が見えてきます。

昭和20年(1945年)、GHQは日本のメディアを完全管理下に置きました。
この時代は、新聞・ラジオは普及していましたが、映像メディアはまだ存在しなかった時代です。
GHQは 「新聞」「ラジオ」の検閲を強化 し、日本国民の情報収集を制限しました。

ところが1950年代に、アメリカで「テレビ放送」がはじまり、これが急速に普及し始めます。
日本でも「是非テレビ放送を」という声は上がるのですが、GHQはこれを許さない。
結局、昭和27年(1952年)4月に日本が主権を回復すると、日本はわずか10ヶ月の準備期間で、NHKが中心となって、翌年である昭和28年2月に日本初のテレビ放送を開始しました。

2 日本初のテレビ放送とは?

では日本で行われた最初の番組とはどのようなものだったのでしょう。
当時の「開局記念番組」は、天気予報、ニュース、そして歌番組などでした。
そしてニュースの内容は、なんと!
「天皇陛下のご健康について」でした。
当時の国民の最大の関心事は、まさに昭和天皇のご健康状態であったのです。

もっともこの時代、受信機(テレビ)は普及していなくて、全国でたった866台 しかありませんでした。
ですので番組の放送時間は1日数時間のみでした。

3 テレビ放送の普及と影響

1950年代後半からは、家電ブームとともにテレビが一気に普及しました。
1960年にはカラーテレビも登場し、放送内容も多様化していきます。
これとともに、日本の社会にも大きな影響が生じました。

まず、ラジオからテレビへの移行で 「映像による情報発信」が国内に定着しました。
映像の政治や社会に及ぼす影響が大きくなり、1960年代には 選挙戦の「テレビ討論」 も始まります。
「テレビによる世論形成」 が進み、政府の情報戦略にも影響を与えるようになりました。

4 戦後メディアの問題と現代への教訓

さて、では戦後、どうしてアメリカはテレビ放送を許可したのでしょうか。
当時、ラジオはすでにGHQの管理下にありました。
そしてテレビは、「アメリカ的価値観」を広める手段 として利用されたのです。
「自由な報道」と言いつつ、メディアは、アメリカの影響を強く受け続けることになりました。

結局、戦後のテレビは、GHQ時代の影響を色濃く受けたまま、
「情報の偏向報道、特定の価値観の押しつけ」を行い続けることになったのです。
けれどそうした時代も終わりつつあります。
ネットの普及によって、テレビの影響力が劇的に低下しつつあるのです。

では「テレビの時代」は終わるのでしょうか。
江戸時代のかわら版、明治初期の新聞が今でも残るように、テレビ自体はすぐにはなくなりません。
しかし、テレビは、インターネットやYouTubeによる 「個人の情報発信」に、すでに追いつけなくなってきます。
時代は変わり始めているのです。

5 おわりに

今回は、日本でテレビ放送が始まった日についてお話ししました。
テレビの普及は、日本社会に大きな影響を与えましたが、その背後にはGHQの戦略がありました。

皆さんは、今のテレビ報道についてどう思いますか?
コメント欄でぜひ意見をお聞かせいただければと思います。

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