ククリヒメは、イザナギとイザナミの和解を導いた調和の女神。神話に一度だけ登場するこの神が、なぜ今の時代に注目されているのか?「括る」力と女性的なやわらかな調停の力を現代に重ねて考察します。
◉ ククリヒメとは誰か──神話に一度だけ現れる“調和”の女神
ククリヒメは『古事記』には登場せず、『日本書紀』の中の別伝に一度だけ姿を見せる神様です。
その登場場面は、イザナギが亡き妻イザナミを迎えに黄泉の国へ赴き、やがて決別するという神話のクライマックス。
その場面で、ククリヒメはイザナギの耳元で何かを囁き、イザナギは「良きかな」と言って黙って現世へ帰っていきます。
その囁きの内容は明かされていませんが、イザナギの態度が変わったことから、
「過去を一つに括って未来に進ませた力」として、
ククリヒメは調停の神、あるいは「括り」の神とされるようになりました。
名前の「ククリ」には、「括る」「まとめる」「結び直す」という意味があり、
この曖昧な、しかし深遠な働きが、多くの人々に“癒しの女神”として受け入れられてきた理由です。
◉ 分断の時代になぜククリヒメが求められるのか?
現代は、政治、思想、ジェンダー、国際関係などあらゆる場面で対立と断絶が広がっています。
「マスクを着けるか否か」さえも価値観の違いから激しく分かれる時代です。
そうした中で、ククリヒメは“強い力”で押し切るのではなく、
「ふろしきでやわらかく包み、必要なときにはまた開ける」ように、過去の対立を優しく収めていく象徴として再注目されています。
彼女は“目立たない調停者”。
言葉ではなく、囁きと気配で調和をもたらす存在です。
現代では、強いリーダーシップよりも、対話や共感、再統合の力が求められるようになってきました。
その理想像として、ククリヒメは“和”のリーダー像、あるいは「中庸の智慧」として語られるようになってきたのです。
◉ ククル=魂をまとめ直す力──言霊から読み解く神の働き
「ククル」という言葉には、実にさまざまな意味が込められています。
・神を括る(髪を束ねる)
・話を括る(まとめる)
・意識を括る(集中する)
・問題を括る(終わらせる)
これらはすべて、バラバラなものを「一つにまとめ直す」という働きです。
現代社会の混乱や分断に対し、「何が問題か」までは語られても、「どう解決するか」は語られません。
その中でククリヒメは、答えを押し付けるのではなく、「過去を一旦括り、未来へ進む」ことを優しく導く存在です。
これはまさに、“魂の再構築”の力。
陰陽の対立、男女、感情と理性、過去と未来、保守と革新──
そのすべての“分かれ”をやわらかく一つにまとめ、次の世界へといざなうのが、ククリヒメの神性なのです。
◉ 白山比咩神社に伝わる統合の精神──前田家と東郷元帥
石川県の白山比咩神社は、ククリヒメを主祭神とする神社の総本社です。
この神社を信仰していたのが、加賀百万石の前田家。
前田利家は、一向一揆で荒れていた加賀の地を、妻の“まつ”と共に和解によって治め、新しい平和な藩政を築きました。
また、同神社の入り口には、東郷平八郎元帥の揮毫が掲げられています。
バルチック艦隊を撃破した軍神でありながら、「日露の和解」を生涯願った人物です。
ククリヒメの力は、こうした武力によらぬ和解、対立の“調和”として、歴史の中にも生きているのです。
🕊️締めくくりのことば
ククリヒメとは、神話の中に一度しか登場しない“目立たない神”です。
しかし、その存在は、現代という「バラバラの時代」にこそ、静かに私たちを導いてくれます。
私たち一人ひとりの中にある分断や不一致。
それらを優しくまとめ直し、「新しい時代」に向かう覚悟を促す力──
それがククリヒメの“くくる”という力ではないでしょうか。
