昭和12年の盧溝橋事件から第二次上海事変までの実相を紐解き、当時の日本の対応、捏造された歴史、蒋介石の利権構造などを明かします。最後には、戦争を超えた共生の時代へと向かう希望を語ります。

■ 「戦争」と呼べない“事変”の実相──盧溝橋事件の真実

今回の動画では、昭和12年、いわゆる「日中戦争」と呼ばれている一連の事件──盧溝橋事件から通州事件、そして第二次上海事変に至るまでの経緯を整理してお話ししました。

まず大前提として、この一連の衝突を「戦争」と表現すること自体に無理がある、という点を確認しておきたいと思います。
というのも、当時のチャイナ(中国)には、国際法上「国家」として成立していた政府は存在していませんでした。
中華民国も中華帝国もすでに消滅しており、あったのは「国民党」という軍閥組織に過ぎません。
ですから、日本と中国が「国家間戦争」をしていたというのは、それ自体が歴史の変造です。
その意味で「日中戦争」という日本語はあり得ません。
あくまで「支那事変」もしくは「日華事変」と呼ぶべきなのです。

ところが近年では、これを言うと、政府答弁の中で実際に「日中戦争」の用語が用いられているのだから、すでに公式の表現として日本政府が認めているのだと主張する人たちがいます。
悪いけれど、このような答弁を引き出させたり、用語をすげ替えさせたりすること自体が、いわゆる「スパイ工作」そのものなのです。

支那事変のきっかけとなったといわれる盧溝橋事件にしても、もともと両軍が近接して演習をしていたところに、何者かが両軍に発砲したことによって緊張が高まりましたが、現地ではすぐに誤解が解けて、事件が沈静化しています。この事件を「戦争の発端」とすることに、私は強い違和感を覚えます。

■ 通州事件と平和を貫いた日本人の姿勢

盧溝橋事件ののちも、大広門事件、廊坊事件、広安門事件など、不可解な攻撃が続発しました。日本は一貫して冷静な対応を続けましたが、ついに決定的な悲劇となったのが「通州事件」です。

この事件では、民間人である日本人居留民260名が、妊婦や子どもを含めて人類史上にないほどの極めて残酷な方法で虐殺されました。あまりにも痛ましく、言葉を選ばざるを得ないような出来事です。しかし、それでもなお日本は怒りに任せて反撃することなく、和平への道を探り続けました。

私はこの事件を通じて、日本人の平和に対する思いの深さをあらためて感じています。通州で暴れた学生たちが北京に逃げ込み、日本人の家で食事を与えられ、路銀まで渡してもらって帰国していった──これはもう、日本人の人間性の賜物としか言いようがありません。
それに、もしこの事件が日本国内で支那人たちに対して起きたのなら、彼らはどのような態度を取るでしょうか。

事件後、日本は蒋介石との和平交渉に向けて、軍の撤収を含む彼らの要求を全部受け入れるから、もう争いはやめてくれと申し出ました。ところがその調印式の当日、大山中尉が上海市内で虐殺される事件が起こり、和平の道は完全に断たれてしまいます。

■ 利権構造と戦争ビジネス──過去と未来を見据えて

その後、日本人居留民約3万数千人が、危険な状態となったチャイナから日本に帰国するために、上海に集結しました。日本側は彼らを船に乗せるために、わずか2000名の海軍陸戦隊を派遣していただけでした。そこに蒋介石は5万の大軍を差し向けて、民間人を含む日本人の皆殺しを図りました。
けれど日本の海軍陸戦隊は、寡兵ながらも奮戦し、ついに誰一人命を落とすことなく民間人を日本に帰還させています。

ところがここでも、チャイナ側は自作自演の爆撃を日本のせいにして、世界に向けて虚偽の宣伝を行いました。
大事なところはここです。
ここに「情報操作と金儲けによる戦争構造」の本質があるからです。
蒋介石は、日本と“戦っている”というポーズだけで、欧米各国から莫大な資金援助を受けていました。
その額は、現代の価値に換算すれば数兆円規模に及びます。
ソ連、アメリカ、イギリス、フランスが次々と彼に支援を与えた理由は、「日本と戦わせたい」、もっというなら「日本を潰したい」という利害関係があったからです。

私がここで言いたいのは、「戦争とは民衆の正義や怒りによって起こるものではなく、ごく一部の権力者の金儲けによって起こされてきた」という厳しい現実です。
通州事件で暴れた学生たちも、日本人を恨んでいたからではなく、「何をしても罰せられない」という空気の中で、暴徒として利用されただけだったのです。
このことは、現代における暴動行動も同じです。
暴発ではないのです。企画され、裏でお金が動いて暴動が起こされ、それが大々的にメディアで宣伝されるのです。

■ 21世紀の希望──共振・共鳴・響愛の未来へ

しかし、こうした“捏造された戦争”が成立していたのは、20世紀までの話です。
21世紀のいま、情報は隠せません。悪事は暴かれます。
AI技術の進化もあり、裏での工作や嘘は、いずれ必ず白日のもとにさらされます。

だからこそ、これからの時代に必要なのは、暴力による支配や宣伝による洗脳ではなく、「共振・共鳴・響愛」の精神だと私は考えます。

国と国、民族と民族が、恐怖や対立ではなく、共に響き合い、心を通わせ合いながら支え合っていく。そんな時代が、まさに目の前に来ています。
それは日本が、縄文時代から長く育んできた精神そのものです。

支配ではなく共生。命令ではなく感応。上下関係ではなく横のつながり。中央集権ではなく分かち合いのネットワーク。
こうした構造こそが、21世紀の新たな希望であり、日本人が世界に向けて果たすべき役割です。
私はそう信じています。そして、これからも皆様と共に学びを楽しみながら、新しい時代を築いてまいりたいと思います。

【所感】

このお話を通して最も強く感じたことは、「日本人の誠実さと、世界の不誠実さ」とのあまりにも大きな落差です。
日本は、非道な虐殺にも報復せず、和平を願い、相手の要求すらすべて飲もうとしました。
一方で、相手はその誠実さを嘲笑うかのように裏切り、虐殺し、世界中に虚偽を叫び、巨額の金を受け取り、戦争を“ビジネス”として仕立て上げていました。
この構図は、私たちが今生きている時代にも、どこか重なります。
だからこそ私は、この歴史を知ることが「過去を嘆くため」ではなく、「未来を選ぶため」の学びなのだと確信します。
武力や暴力、情報操作によって築かれてきた支配の時代から、
共振・共鳴・響き合いによって育まれる、温もりある共生の時代へ――。
動画の最後でお話した「縄文から続く日本の使命」は、決して精神論ではありません。
現実に求められている未来のビジョンです。
“力なき正義”ではなく、“響き合いによる真の強さ”を、
日本から、そして心ある人々から、世界へと広げていく

それこそが、英霊たちが命を賭して切り開いてくださった「道」のその先なのだと、私は信じています。

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