明治39年に公布された鉄道国有法、昭和38年の吉展ちゃん誘拐事件、そして現代のインフラのあり方を通じて、日本が守るべきもの、進むべき道について語ります。国家とは何かを問い直す内容です。
◉ 吉展ちゃん事件が問いかける「命と社会の責任」
1963年(昭和38年)3月31日、東京台東区で4歳の吉展(よしのぶ)ちゃんが誘拐され、殺害されるという痛ましい事件が発生しました。当初は行方不明として扱われ、メディアの注目を集めることはありませんでしたが、犯人の電話音声の公開やテレビを使った捜査により、国民的関心を集める事件となりました。
この事件を機に、報道協定という制度が整備され、誘拐事件におけるプライバシー保護や報道の節度が確立されました。また、「子どもへの防犯教育の必要性」や「社会全体で命を守る意識」の重要性が広まりました。
同時に、戦後の日本では若い女性の行方不明が多発し、警察やメディアが真剣に扱わなかったという問題も背景にありました。中には、海外に人身売買されるという実態もあり、敗戦後の混乱と「敗戦利得者」の存在が引き起こした社会の歪みが浮き彫りになります。
◉ 鉄道国有法がもたらした国の責任とインフラの強靭性
1906年(明治39年)3月31日、鉄道国有法が公布され、日本の交通インフラは大きな転換点を迎えました。当初、渋沢栄一らが「民間で十分」と反対しましたが、災害時や国防上の必要性を考え、政府は鉄道の一元化を選択しました。
この国有化により、利益が出にくい地域にも鉄道網が整備され、地方の活性化にもつながりました。戦時中や災害時、特に東京大空襲の際にも鉄道が動いたことは、国有インフラの強さと責任感を象徴する事例です。
一方で、戦後には国鉄内部に労働組合が形成され、ストライキによって公共交通が停止するなどの人災も発生。こうした出来事が「国鉄の民営化」の引き金にもなりましたが、現在では民間企業となった鉄道会社が災害時に本当に機能するのか?という不安も再び浮上しています。
◉ 民営化の光と影、国家の役割とは何か
現在、鉄道に限らずあらゆるインフラが民営化され、通信、郵便、水道、電力といった重要分野までもが利益追求の対象となっています。これは「新自由主義」の影響であり、政府の小規模化、民間活力の尊重という理念に基づいていますが、災害時の対応力や安全保障という視点からは再考の余地があります。
特に水源地の民間売却や外国資本の浸透、通信インフラの外資依存などは、国家としての独立性や安全性に直結する問題です。法整備によって国有化に戻すことも技術的には可能であり、「国民の安全と安心のために、どこまで国家が責任を持つか」が問われています。
また、国が収益事業を持たない現状では、すべてを税金で賄うしかなくなり、結果として「働けば罰金(=税)」という逆転した構造が生まれてしまいます。これは国民の活力を削ぎ、健全な国家運営とは言えません。
今回のライブでは、3月31日に起きた歴史的事件や法改正を切り口に、「国家とは何か」「私たちの社会は誰が守るのか」という本質的な問いを掘り下げました。日々のニュースでは見えにくい構造的な問題と、歴史から学ぶべき教訓が詰まった濃密な内容となっています。
