6月の倭塾(第110回)は、6月8日13時30分から、東京江東区の富岡八幡宮・婚儀殿2Fで開催です。
今回、ゲストには、歌手のsayaさん(トップの画像)をお招きします。sayaさんは、日本を愛する日本人歌手の方です。
 第1部がsayaさんの歌とお話
 第2部が、小名木善行の「資源エネルギー問題を考える」です。
資源エネルギー問題は、我が国の生活と産業の根幹になる大問題です。
この問題について、皆様とともに日本の現状を学びます。
https://www.facebook.com/events/1054566012289669

 ***

ある日のことです。
強盗で逮捕された犯人が、裁判のために、列車で護送されることになりました。
事件は四年前のことです。

熊本のある家に、深夜、強盗が押し入りました。
家人らを脅して縛り上げ、金品を盗みました。
警察が追跡して、強盗犯は24時間の内に逮捕されました。
そのとき犯人は盗品をまだ処分できていないままでした。

ところが逮捕されたはずの犯人が、警察官に連行される途中で、護送する警察官を殺害して逃亡したのです。
当初、犯人の行方はまったくつかめませんでした。
けれど、たまたま福岡の刑務所を訪れた熊本の刑事が、四年もの間、写真のように脳裏に焼き付けていた犯人の顔を、囚人たちの中に見つけたのです。

「あの男は?」と刑事は、看守に尋ねました。
「窃盗犯でありますが、
 ここでは草部と記録されております。」

刑事は囚人のところに歩み寄ると、言いました。
「お前の名前は草部ではないな。
 熊本の殺人容疑でお尋ね者の、野村禎一だ」

犯人の野村は、すっかり白状しました。
そしてその場で、再逮捕となりました。

さて、その犯人が護送され、駅に到着するのを見届けようと、ある外国人ジャーナリストが出かけました。
駅には、かなりの人が詰めかけていました。

ジャーナリストは思いました。
人々が怒り、騒動があるかもしれない。
報道によれば、殺害された巡査は周囲からとても好かれていたとのことです。
巡査の身内の者も、見物人の中にいる。

熊本の群集たちだって、とてもおとなしい人たちではありません。
戦地にあっては、その勇猛果敢さは日本一の勇名を馳せている人たちなのです。
それだけに、警備の警官も、多数配置されているはずでした。
彼の母国なら、それがあたりまえのことだったからです。

ところが、その外国人ジャーナリストの予想は、最初から外れてしまいました。
駅のホームにいたのは、普段と変わらぬ乗降客たちだけです。
警官隊の配備もありません。
まるっきり日常のままだったのです。

列車がやってきました。

外国人ジャーナリストは、改札の外で、五分くらい待っていました。
はじめに警部が改札から出てきました。
続けて犯人が現れました。
その二人だけです。

犯人は、大柄で、粗野な感じの男でした。
顔はうつむき加減でした。
後ろ手に縛られていました。
その異様な姿に気付いた、乗降客達が、周囲に野次馬となって群がりました。

犯人と警部の二人が、改札口の前で立ち止まりました。
そして警部が叫びました。

「杉原さん!
 杉原おきびさん、
 いませんか?」

見ている外国人ジャーナリストのすぐ近くで、「はい!」という小さな声がしました。
声の主は、子どもを背負った細身で小柄な婦人でした。

この人は殺された巡査の妻でした。
背負っているのは、まだ幼い息子です。

警部が手を前後に振るしぐさをすると、群衆は、静かに後ろに下がりました。
犯人と護衛の警官のためのスペースが出来ました。
その小さな空間で、子どもを背負った未亡人と殺人者とが向き合って立つことになりました。

あたりは静まり返っています。
警部が未亡人にではなく、子どもに話しかけました。
低い声で、はっきりと。
その一言ひとことがは、明瞭に聞き取れました。

「坊や、この男が四年前に
 あんたのおとうちゃんを殺したんだよ。
 あんたはまだ生まれてなくて、
 お母ちゃんのお腹の中にいたんだなぁ。
 あんたを可愛がってくれるはずの
 おとうちゃんがいないのは、
 この男の仕業(しわざ)だよ。
 見てご覧らん」

警部は犯人の顎に手をやり、しっかりと彼の目を向けるようにしました。

「坊や、よく見てごらん、こいつを!
 怖がらなくていいから。
 辛いだろうが、そうしなくちゃいけない。
 この男を見るんだ。」

母親の肩越しに、坊やは怖がってでもいるかのように、眼を見開いていました。
しゃくり泣き始めました。
涙があふれてくるのが見えました。

でも坊やは、しっかりと言われたように男をじっと見つめていました。
まっすぐに。卑劣な犯人の顔を、ずっと覗き込んでいました。

周りの人たちも息を呑んだようになっています。

そのとき、犯人の表情がゆがむのが見えました。
後ろ手に縛られているにもかかわらず、彼は膝の上に崩れ落ちました。
顔を地面に打ちつけて、人の心を震わせるような、しゃがれた声でしばらく泣いていました。

「済まない!
 許してくれ!
 坊や、堪忍しておくれ!
 憎んでいたからじゃねぇんだ。
 怖かったばかりに、
 ただ逃げようと思って
 やっちまったんだ。

 俺がなにもかも悪いんだ。
 あんたにまったく取り返しの付かない、
 悪いことをしちまった!

 罪を償わなくちゃならねぇ。
 死にてぇだ。
 そう喜んで死にます!
 だから坊や、
 お情けと思って、
 俺を許してくだせえ!」

男の子は、静かにまだしゃくり泣いていました。
警部は肩を震わせている犯人の男を引き起こしました。

黙りこくったままだった人々は、左右に分かれて道をあけました。
そのとき群衆が、すすり泣きを始めました。

様子を見ていた外国人ジャーナリストは、銅像のような表情をした護送の警官がそばを通りすぎるとき、それまで見たことのない、おそらく世界中のほとんどの人がかつて見たことのない、そして再び見ることはないであろう、日本の警官の涙を目撃したのです。

人だかりが、潮が引くように少なくなりました。
ジャーナリストは、そこに取り残されました。

彼は、この場の不思議な教訓について考えました。
犯人は、ここで、犯罪のために遺児となり、未亡人となったという明白な結末を目の当たりにしました。
そして心情的に犯罪の意味について悟りました。

ここで犯人は、死を前にして自責の念にかられ、ひたすら許しを乞いました。
そこには、一途な後悔の念がありました。
そしてここには、怒りだせば、この国の中では最も危険といえる熊本の人々がいました。
ところがこの人たちは、激しい怒りではなく、罪についての大きな悲しみに、胸を塞がれました。

まわりにいた人々は、後悔の念と恥を知る、人生の困難さや人間の弱さを純朴に、また身にしみて経験したことで満足しました。
そしてその場であった出来事に感動し、何もかも理解し、赦しました。

このエピソードのもっとも重要な事実は、それがきわめて日本的であることにつきます。
そして、犯人が悔い改めたのは、彼自身も持っている、子に対する父親の心情に訴えたからです。
子どもたちへの深い愛情こそが、あらゆる日本人の心の大きな部分を占めている。

日本で最もよく知られた盗賊の石川五右衛門に、つぎの話があります。

ある夜、殺して、盗みを働こうと人家に忍び込んだときに、自分に両手を差し伸べている赤ん坊の微笑みに、五右衛門はすっかり気を奪われてしまいました。
そして、この無邪気な幼子と遊んでいるうちに、自分の所期の目的を達成する機会を失ったというのです。

これは、日本では「信じられない話」ではありません。
警察の記録には、毎年、プロの犯罪人たちが子どもたちに示した同情の報告があります。

地方新聞に載った、数ヶ月前の凄惨な大量殺人事件は、強盗が睡眠中の一家七人を文字通りに切り刻んだものでしたが、警察は、一面の血の海の中でひとり泣いている小さな男の子を発見しました。
男の子は、まったくの無傷だったといいます。

警察によれば、犯人らが子どもを傷つけまいとしてかなり用心した確かな証拠があるという。

 ***

このお話は、ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn、小泉八雲)の、「AT A RAILWAY STATION」というお話です。
日本では「停車場にて」という題名で紹介されているので、お読みになったことがあるかもしれません。

舞台となった駅は、いまでも「上熊本駅」の名称で存在しているそうです。
当時は「池田駅」という名称で九州鉄道の終点駅として建てられた駅舎でした。
小泉八雲は、この駅で実際にあった出来事をもとに、上記の「停車場にて」を書いたそうです。

ちなみにこの駅、明治29年には夏目漱石が、五高に赴任するためにこの駅に降り立ち、それを記念して、いま駅の前には漱石のブロンズ像が建てられています。

平塚八兵衛(ひらつかはちべえ)さんとおっしゃる方がいます。
大正2(1913)年にお生まれ、茨城県土浦市ご出身の警視庁の敏腕刑事だった方です。
この方は、「落しの八兵衛さん」と異名を持ち、戦後の数々の重大事件(吉信ちゃん誘拐事件、帝銀事件、下山事件)などの捜査にあたり、事件を解決に導いた辣腕刑事として有名な方です。

吉展ちゃん誘拐殺人事件では、犯人の小原保に対し、粘り強い取り調べによってアリバイを崩して、自供に至らせました。
犯人の小原は、死刑執行の直前に、
「私は今度生まれるときは
 真人間になって生まれてきます。
 どうかそのことを
 平塚さんにお伝えください」
と言い残した事も有名な話です。

八兵衛さんは、「落しの八兵衛」という異名だけでなく、「鬼の八兵衛」「捜査の神様」などという異名でも知られています。

ただいえるのは、かつての日本では、条理を尽くし、人情に訴え、鬼にもなれば仏にもなる、そういう人情家の刑事さんが、犯人の心に訴えることで、犯人の氷のように固まった心を解きほぐし、犯人逮捕に至った、そういう事件が多々あったし、いわゆる犯罪者であっても、そうした日本的心を、心のどこかにちゃんと持っていた、ということです。

現代日本に目を移します。

同じく福岡です。
平成15(2003)年6月20日、Chineseによる福岡一家四人殺害事件が起こりました。

Chineseの留学生3人が家宅に侵入し、
工事現場から盗んできた鉄パイプで家にいた奥さんの後頭部をいきなり殴りつけたあと、
顔を前に向けて横から額を殴り、
さらに左目周辺や頬を殴り、
全身をめった蹴りし、
二階で失神していた子供(女の子)を担ぎ下ろして、
父親の目の前でいたぶったり殴打しながら、リンチを加え続け、
最後は「用がなくなった」として絞殺。

夫は土下座して、
「娘だけは助けてくれ」と言ったけれど、彼らはこれを嘲笑し、
夫の首に白いビニール紐を巻き付けて絞めたあげく、
気を失った夫を浴槽に浸けて溺死させた、という凄惨な事件です。

ところがこの事件に関しての逮捕されたChineseの犯人らは、
日本でのChineseの犯罪率は日本人や中国よりずっと低い(嘘です)
なんでChineseがたった一回殺人しただけでChineseに偏見持つのか(事件の凄惨さは尋常ではない)
日本にいるChineseだって日本人に殺されてる(そのような事実はありません)
日本人はこんなちっぽけなことを拡大してChinese全体を差別してる(ちっぽけではありません)
従って量刑は不当(正当です)であるとして、事件を最高裁まで持ち込んで争いました。

さしもの最高裁も、昨年(2011年)10月20日に、上告を棄却して、死刑判決を言い渡していますが、まさに盗人猛々しいとはこういうことをいいます。
さらに、この事件が起こった当初、週刊誌等が、むしろ被害者家族や親族の私生活を中傷する報道を行い、まるであたかも被害者の方に問題あり、という報道を行いました。

これに対しては、怒った被害者側親族が、メディア数社に対して名誉毀損の民事訴訟を起こし、
「フライデー」(講談社)は、880万円の損害賠償を、
「週刊新潮」(新潮社)には、770万円の損害賠償を、
「週刊文春」(文藝春秋)には、1100万円の損害賠償額の支払いを命じています。

日本の正義はどこへ行ったのだ!と問いたいし、それ以上に、Chinese(同様のことはKoreanにもいえる)の一部の人達は、日本人とはまったく異なる価値観、異なる思考をする人達であるということを、私達は再認識する必要があると思います。

もちろんChineseだから、Koreanだからといって、すべてを悪人と断定することはいけないことです。
そうではなくて、それぞれの国や民族には、それぞれの国ごとに違った歴史文化伝統があり、異なる価値観があるということを再認識すべきだと申し上げています。
そしてその違いがあるからこそ、世界には国境があるのです。

たとえば日本では、約束と都合が重なれば、約束が優先されます。
公徳心を重んじる日本人は、だから電車の発着時刻も、待ち合わせの時刻も、誰もが正確に守ろうとします。
ところが個人の利得が優先される国では、約束よりも都合が優先されます。
電車の発着が2日くらい遅れるのはあたりまえ。
待ち合わせは、2時間くらいの遅刻はあたりまえ。
場合によっては2日遅れで「ちゃんと待ち合わせ場所に行ったけれど、おまえ、いなかっただろ?」
考え方が違うのです。

相手を尊重するということは、異なる考え方をする人たちがいることをきちんと認識するということです。
これを差別だという人がいますが違います。
差別ではなく、尊重です。

ヘイトという人もいますが、ヘイトというのは、英語の「hate」で、日本語訳が嫌い・憎悪です。
これは好き嫌い(likeやhate)の問題ではなく、我が国国民の平穏な暮らしを護ろうとする愛(love)の問題です。

目が二つあって、鼻の穴が2つ空いているからといっても、猿は猿、人は人です。
日本にいる九官鳥は日本語を話しますが、九官鳥は九官鳥であって、人でもなければ日本人でもありません。


私たち日本人は、信頼と信義を大切にし、騙す人と騙される人がいたら、騙すほうが悪いと考え、相手が怒っていれば、まずは自分が自己反省するという民族性を持つ共同体を営んでいます。
けれど世界には、信頼や信義より、上に立つ(マウントを取る)ことや自己の金儲けを優先する人たちがいます。
騙す人と騙される人がいたら、騙される方が悪いと考え、相手が怒っていれば、こちらは束になって相手を徹底的に追い詰め、絶対に自分に悪いところがあったとは考えない人たちがいます。

そんな国に育った人たちにとって、日本はまるで天国です。
だから良い人も入ってくるけれど、悪い人たちも入ってきます。
誰が良い人で、誰が悪い人かなんて、わかることではありません。
良い人にも悪い心はあるし、悪い人にも良い心があります。

それぞれの人を尊重するということは、それぞれの人のわがままを通すということではありません。
日本が日本でいるということは、日本人としての心を持つ人たちを護るということです。
ここで二つの議論が生まれます。
ひとつは、日本人としての心を破壊する人は、国籍の如何を問わずしっかりと取り締まるという考え方です。
もうひとつは、日本人が日本の歴史伝統文化をしっかりと学び、身につけるという考え方です。

「取り締まり」というのは、交通警察がその代表です。
日本の警察や、その根拠となる刑事関連法は、戦後、GHQが持つMP(ミリタリー・ポリス)の下請けとなる警備員としての機能しか求められていません。
けれど交通警察は、戦後に日本が主権を回復した後に作られた機構や法律であるために、江戸の昔からずっと続く日本の刑事法の考え方を踏襲しています。
具体的には、時速80キロでも走行できる道路を、時速40キロに制限し、速度オーバーする車をネズミ捕りをしてでも捕まえる。
微細な事項を違反として取り締まることで、重大事故を予防するという考え方です。
これが粗暴犯や知能犯の場合、殴られたり、騙されたりしてからでなければ、警察は動いてくれません。
これはGHQのMPがあった時代の名残で、実質的な警察力はMPが担い、日本の警察には警備の役割しか与えられていないことによります。
暴力犯や知能犯、窃盗犯などを問わず、この分野においても交通警察同様に、微細な事項から取り締まりができるように、法をしっかりと改正していかなければなりません。

もうひとつの日本人が文化を取り戻すということは、幼年教育のみならず、社会人教育としても国をあげて実現すべきことです。
私たちが守らなければならない公徳心というものが、どのようなものであり、どのような歴史から生まれているのか。
このようなことを、子どもが手の洗い方を習うように、社会のあらゆる局面において、教育を行う。
このことは、公徳心を、そのまま生活習慣にするというやり方ということができます。
そして、これを歴史を通じて、ずっとやってきたのが、日本人であり、日本という社会です。

※この記事は2012年10月のねずブロ記事のリニューアルです。

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