日本に古代文字はなかったのか――神代文字論争を読み解く「歴史認識の作法」新着!!
神代文字は本当に存在しなかったのか。学界の主流説を踏まえつつ、文字成立の普遍構造・史料状況・方法論から検討し、「存在証明」と「否定断定」の違いを整理。歴史をどう読むべきかという認識の作法を問い直す論考。
正しさの先にあるもの──日本が磨いてきた「姿勢」新着!!
思想が溢れる時代に、私たちはどのように立つべきか。デカルト以降の近代思想の構造を踏まえつつ、日本文化に根づく「姿勢」という重心を探る。竹取物語の帝を象徴に、文明成熟の本質を問い直す一篇。
御神体が「鏡」である理由のお話
日本の神社で御神体が「鏡」である理由とは何か。神は願いを叶える存在ではなく、人の姿勢を映し返す存在だった。日本人の神観と生き方の原点を、御神体の意味から読み解く。
我思う、ゆえに我あり──近代個人主義の始点と、日本が磨いた「姿勢」
「我思う、ゆえに我あり」から始まった近代個人主義は、何をもたらしたのか。デカルトと江戸日本の思想を対比し、AI時代に取り戻すべき「人として生きる姿勢」を考察する。
イーロン・マスクの未来予測と人間の価値
AIが人類の知能を超える時代に、人間の価値はどこにあるのか。イーロン・マスクの未来予測を手がかりに、縄文文明と武士道の視点から「働かない時代の人の在り方」を考察します。
数字の檻(おり)を超えて――日本が守り抜くべき「人を人として扱う」という矜持
生産性や効率性が絶対視される時代に、日本は何を守り続けてきたのか。「おほみたから」の思想と失われた30年を手がかりに、人を人として扱う日本の矜持を文明史的視点から問い直します。
『竹取物語』を翻訳して・・「手放す」という選択をした文明の設計図
『竹取物語』はなぜ終わりが「別れ」なのか。欲望・権威・不死を手放す選択を通して、日本文明が育んできた「持たない強さ」と「限界を知る思想」を考察します。
「竹取物語」文明の設計図を読む 第九回 かぐや姫の昇天 (最終回)
竹取物語最終章「かぐや姫の昇天」を、文明論として読み解く。すべてを持っても回収できないもの、別れを引き受けることで初めて立ち現れる文明の成熟とは何か。千年の物語が示す、日本文化の到達点。
「竹取物語」文明の設計図を読む 第八回 帝の懸想(けそう)
竹取物語第八章「帝の懸想」を通して、国家権力や善政であっても回収できない「天の理」の存在を読み解く。支配せず、壊さず、手を引くという日本文明の成熟した姿を描く章。
「竹取物語」文明の設計図を読む 第七回 燕の子安貝
竹取物語第七章「燕の子安貝」を現代的に読み解き、実在しない価値を知と理性で信じ切った文明が、どのように自壊していくのかを描き出します。合理・情報至上主義への鋭い警告。










