問題が起きたとき、私たちは「元に戻したい」と考えます。けれど、元に戻るだけでは、同じ問題が繰り返されるかもしれません。大切なのは、過去の痛みを未来の知恵へと変えることです。それは家庭や仕事だけでなく、国のあり方にも通じます。「日本を取り戻す」から「次の日本をつくる」へ。歴史から何を受け継ぎ、次の世代に何を残すのか。出口設計という視点から考えます。

今日のひとこと・良い出口は、「元に戻る」ことだけではない。起きたことを、次に同じ痛みを生まないための知恵へ変えること。

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良い出口は、「元に戻る」ことだけではない。起きたことを、次に同じ痛みを生まないための知恵へ変えること。

何か問題が起きたとき、私たちはよく「元に戻したい」と考えます。
夫婦喧嘩をしたら、仲の良かった頃に戻りたいし、 仕事で失敗したら、失敗する前の状態に戻したい。 人間関係が壊れたら、以前のように付き合えるようになりたい。
もちろん、それらは自然な願いです。

けれど、少し考えてみたいことがあります。
もし、問題が起きる前と、まったく同じ状態に戻ったとしたら、どうなるでしょうか。
同じ条件がそろえば、また同じ問題が起きるかもしれません。
せっかく大変な思いをして、ようやく問題を乗り越えたのに、また同じことで苦しむ。
それでは、本当の意味で問題が解決したといえるのでしょうか。

1 元通りが必ずしも最良とは限らない

たとえば、ある会社で、大きな仕事上のミスが起きたとします。
原因を調べたところ、担当者が重要な確認を怠っていたことがわかりました。
上司は担当者を厳しく叱り、本人も深く反省しました。 お客様には謝罪し、損害も補償しました。
これで、一件落着・・・・でしょうか?

数か月後、また同じようなミスが起きました。
担当者は別の人です。 けれど、起きたことはほとんど同じだった・・・。

どうしてでしょうか。
最初の問題が起きたとき、会社は担当者の責任を明らかにし、損害を回復することには力を注ぎました。
しかし、なぜ確認が抜け落ちるような仕事の進め方になっていたのか、そこには目を向けていなかったのです。
つまり、問題を起こした「人」は変わっても、問題を生み出す「関係性」や「仕組み」は、何も変わっていなかったのです。

これでは、同じことが繰り返されても不思議ではありません。

2 人を責めるだけでは問題の構造は変わらない

失敗した人に責任がないという話ではありません。
約束を破ったなら、その責任を引き受けなければならないし、誰かに損害を与えたなら、できる限り償わなければなりません。同じ失敗を繰り返さないように努力することも大切です。

けれど、「責任を明らかにすること」と、「問題を解決すること」は、必ずしも同じではありません。

 誰が悪かったのか。 何が間違っていたのか。
こうした問いは、「過去に向けられた問い」です。

それに対して、
 どうすれば、次に同じことが起きないようにすることができるか、
 どうすれば、同様の場面で誰もが困らずに済むのか。
 今回の経験を未来の誰かのために役立てることはできないだろうか。
こうした問いは、「未来に向けられた問い」です。

ここに、「出口設計(Exit Design)」という考え方があります。

出口設計は、単に問題を終わらせることではありません。
問題が終わったあとに、人々がどのような毎日を生きられるようになるのか。そこまでを見据えて、解決のあり方を考えることです。

3 家庭の中にも出口設計はある

会社だけではありません。
家庭も同じです。

たとえば、親が子供をひどく叱る。
子供が泣き、親も後悔する。
やがて親が謝り、子供も笑顔を取り戻す。
よく見かける場面です。

けれど、もう一歩先を考えてみます。
そもそも、どうしてあれほど強く叱ってしまったのでしょうか。

親が疲れ切っていたのかもしれません。 子供が何を考えているのか、わからなかったのかもしれません。 あるいは、親自身が、子供の頃に同じように叱られて育ったのかもしれません。

そこで、次からは、感情が高ぶったときには、いったん話を中断してみる。
子供に、言い分を話せる時間をつくってみる。 困ったときには、家族の誰かに助けを求められるようにしてみる。
すると、今回の出来事は、単なる親子喧嘩では終わりません。
親と子の「あいだ」に、新しい約束が生まれます。

もちろん、人間ですから、これからも失敗はするでしょう。
それでも、失敗のたびに、少しずつ関係性を深めていくことはできます。

失敗しない完璧な人間なんていません。
大切なことは、失敗したときに、そこから何を生み出すことができる人間になるか、です。

4 痛みを知恵へ変える

誰だって痛い思いなどしたくありません。
悲しい思いも、悔しい思いも、失敗も、できることなら避けたいものです。
けれど、長い人生の中で、そうした経験を一度もせずに生きることは、なかなかできません。

だからといって、苦しみそのものに価値があるわけではありません。
苦しんだから偉いのでも、傷ついたから立派なのでもありません。
本当に大切なことは、その経験を、これからどう生かしていくかです。

かつて自分が困ったことを、次の人には経験させない。
自分が苦労して覚えたことを、次の人にはもっとわかりやすく伝える。
自分が傷ついたからこそ、同じような立場の人が傷つかずに済む道を考える。
そうすることで、過去の痛みは、未来をつくるための知恵になります。

職人の世界では、長年の失敗や工夫の積み重ねが、道具の使い方や仕事の手順として受け継がれてきました。
先輩が何度も失敗して身につけた技を、後輩は教わることができます。
後輩は、先輩と同じ失敗をすべて経験しなくても、その先へ進むことができます。
そして、その後輩がさらに工夫を重ねれば、次の世代はもっと良い仕事ができるようになります。
これが、知恵の継承です。

経験した本人の中だけで終わってしまえば、それは個人の経験です。
けれど、それが誰かの役に立ち、次の人へと受け渡されていくとき、経験は社会の財産になります。

5 出口の先に新しい入口がある

ここで、もう一つ大切なことがあります。

私たちは、問題の「終わり」を、どこか一つの到達点のように考えがちです。
争いが収まった。 損害が回復した。 謝罪が済んだ。 責任の所在が明らかになった。
それぞれちゃんと意味があることです。

けれど、人の暮らしは、そこで終わるわけではありません。
会社で失敗があっても、翌日にはまた仕事があります。
家庭で喧嘩があっても、翌朝にはまた一緒に朝ごはんを食べます。
地域で揉め事があっても、同じ町で、これからも暮らしていきます。

だからこそ、出口のつくり方が大切になります。

問題が終わったあとに、もっと疑い合うようになるのか。
それとも、以前よりも少しでも多く話し合えるようになるのか。
失敗を隠すようになるのか。 それとも、失敗から学び合えるようになるのか。
同じ出来事であっても、どのような出口をつくるかによって、その先の未来は変わってきます。

さらに、良い出口は、そこで終わりません。
そこで得られた知恵が、次の人へと渡され、また新しい工夫を生み出していく。
昨日の失敗が、今日の知恵になる。
今日の知恵が、明日の誰かを助ける。
そして、助けられた誰かが、また次の誰かのために工夫する。

こうして知恵が巡っていくことを、ここでは「Circulation(循環)」と呼んでいます。
一つの問題が終わることは、同時に、新しい未来の始まりでもあるのです。

6 「取り戻す日本」から「次の日本をつくる」へ

このことは、国や文明のあり方についても、同じことがいえるのではないでしょうか。
かつて、「日本を、取り戻す。」という言葉が、政治の世界で掲げられたことがありました。
2012年、尊敬する安倍晋三元首相が、自民党の政権公約として掲げたスローガンです。
この言葉には、失われた自信や誇り、安心、そして日本の良さをもう一度取り戻そうという願いが込められています。

先人たちが培ってきた知恵。人と人とが助け合う社会。次の世代を思いやる心。
日本の歴史や文化に息づく、さまざまな価値。
それらは、日本人である私たちの誇りであり、失ってはならないものです。

けれど、ここで一つ、考えてみたいことがあるのです。

そもそも、私たちは、過去の日本に戻ることができるのでしょうか。
歴史の時計を巻き戻すことはできません。
社会の仕組みも、人々の暮らしも、世界との関係も、時代とともに変わっていきます。

それに、やや厳しい言い方になりますが、過去の日本が、何もかも素晴らしかったわけではありません。
それぞれの時代には、それぞれの問題がありました。
その時代ごとの人々の苦しみがあり、そこから新しい道を切り拓こうとした人々がいました。

つまり、問われるべきは、単に「昔の日本を取り戻す」ことにあるのではなく、
過去の経験から、いかに、よりよい未来を建設していくのかという力なのかもしれないと思うのです。

先人たちは、何もないところから日本という国を育ててきたわけではありません。
その時代、その時代に起きた困難に向き合い、試行錯誤を重ね、ときには失敗し、失敗から学び、新しい工夫を積み重ねてきたのです。
歴史、文化、文明と呼ばれるものは、まさにこうしたものの積み重ねによって築かれるものです。

そうであれば、私たちが受け継ぐべきものは、過去に完成された日本の姿ばかりではありません。

困難に出会っても、そこから知恵を生み出す力であり、
違いのある人々が、ともに生きる道を見つける力であり、
いまの問題を、次の世代の可能性へと変えていく力。

そうした力を受け継ぎ、そこからさらに育てていくことこそ、歴史を学ぶ意義であるし、いまを生き抜く力だし、未来を啓く力です。

いま日本では、現実に多くの人々が、さまざまな痛みや不安を抱えて暮らしています。
大切なことは、その痛みを誰かのせいにして終わらせることでも、昔は良かったと嘆くことでもありません。

いま起きている痛みから、どのような未来へと駒を進めるのか。
次の世代に、どのような社会を手渡すのか。

その出口を、いま生きている私たち自身が考え、つくっていくことです。

「取り戻す日本」から、「次の日本をつくる」へ。

これは、過去の否定ではありません。
過去の人々が積み重ねてきた知恵を、過去の中に閉じ込めることなく、未来へと生かしていくことです。

歴史は、懐かしむためだけにあるのではありません。
批判するためにあるのでもありません。
未来をつくるために、受け継がれてきたものです。

過去から受け継いだものが、いまを生きる人々の工夫によって新しい知恵となり、さらに次の世代へと渡されていく。
それこそが歴史を学ぶ意義だし、それこそが、Circulation(循環)です。

国家も、社会も、家庭も、会社も、同じです。
良い出口とは、過去に戻る道ではなく、過去を力に変えて、まだ見ぬ未来へ進む道なのです。

7「何を取り戻すか」だけではなく「何を未来に残すか」

日々の暮らしの中で、私たちはさまざまな問題に出会います。
仕事の失敗。 家族との行き違い。 友人とのすれ違い。 思い通りに進まなかった出来事。
そんなとき、つい「どうすれば元に戻せるだろう」と考えてしまいます。
それも大切な問いです。

けれど、そこにもう一つだけ、問いを加えたいのです。
「この経験を、次に同じ痛みを生まないために、どう生かせるだろう?」

起きてしまったことを、なかったことにはできません。
失った時間を取り戻すことも、傷ついた記憶を消し去ることも、簡単にはできません。
けれど、その経験を、これからの誰かの幸せにつながる知恵へと変えていくことなら、できるかもしれません。

過去を消すことはできなくても、未来を変えることはできます。

良い出口は、ただ元の場所へ戻る道ではありません。
昨日よりも、少し良い明日へと歩き出せる道をつくること。
そして、その道を、次の人たちにも残していくこと。
それが、出口設計の大切な役割です。

——今日も良い一日を♪

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