私たちは「問題を解決すればうまくいく」と教えられてきました。けれど現実には、問題を解決したのに関係が壊れてしまうことが、あまりにも多くあります。応仁の乱、戦国時代、そして現代の社会や組織。それらに共通しているのは、「どう終わらせるか」という視点の欠如です。本稿では、「勝つこと」ではなく「続く形で終わらせること」に焦点を当て、EXIT Design(終結の設計)という新たな視点から、社会のあり方を考えていきます。

学校教育の弊害とまではいわないけれど、戦後生まれの私たちは、
「問題には答えがあり、その答えを導き出すための技法や知識が大切」と教えられてきました。
答えを得れば勝ち。だからその答えを、効率的にできるだけ早く見つけることが勝ち。
そして勝ちを得ることが、あたかも人生の勝利であるかのように思い込まされてきたといえます。
職場においても、議論に勝つ、競争に勝つ、相手を打ち負かす。
そうすれば物事がうまくいくと、どこかで信じています。
けれど、現実はどうでしょうか。
問題は解決したのに、人間関係が壊れた。
正しい判断をしたのに、場の空気が悪化した。
周りを見渡せば、そんなケースばかりです。
家庭においても同じ。
夫として一生懸命仕事に励み、家庭を支えてきた。
それはまさに問題解決の技法です。
ところが現実は、家族は、夫に放置されたと恨み、憎み、中高年の離婚は、2022年の統計では、同居期間20年以上の夫婦の離婚が過去最高の全離婚の23.5%を数えるに到っています。
それで幸せを築いたといえるのでしょうか。
関係が壊れそうになったとき、多くの場合、上司も、夫も、理詰めで周囲の説得を試みます。
けれど、そうすればするほど、関係が壊れていく。
なぜでしょうか。
ひとつの歴史があります。
それが応仁の乱(1467-1477年)です。
応仁の乱は、戦国時代の始まりとされ大戦(おおいくさ)です。
11年にも及ぶ戦いの末、京の都の9割が焼け野原となりました。
現代の歴史家の多くは、この戦を「どちらが勝ったか」で論じます。
しかし、歴史を学ぶときに大切なことは、どっちが勝ったかにはありません。
結果がどうなったのか、です。
乱の当事者となった東軍の細川勝元も、西軍の山名宗全も、どちらも幕府の中核という、世の泰平に責任を持つ人たちでした。
にも関わらず、その責任を持つ者同士が争い、都を破壊し、長期にわたる消耗戦を繰り広げ、
戦いの結果起きたことは、世の中が戦国時代に突入したことです。
つまり、11年の泥沼の戦いの末、両軍ともに敗れ、世の中を乱したのです。
これでいて「どっちが勝ったか」を議論することは、無意味です。
戦国武将たちが学んだ最大のことがここにあります。
たとえば、有名な武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いは、上杉の領土である川中島の治水対策に、川中島の住民たちが武田信玄の土木技術を頼みにしたことがきっかけです。
川中島の戦いは、幾度となく繰り返されましたが、最後の決着は、上杉謙信が単身、武田信玄の陣中深くに入り込み、武田信玄に一撃を加えたことで、終結となりました。
この後、結果として川中島の治水工事は、武田方の指導のもとで無事に終えられています。
上杉の意地を通し、便宜は武田方に譲ったのです。
いわゆる下剋上も同じです。
殿様が暗愚なら、領民は苦労します。
主君押込といって、家老たちが主君を座敷牢に押し込めて、何ヶ月も問答を繰り返す。
それによって主君が改心するなら、それで良し。
けれど改心が見込めないなら、主君そのものを誅し、家来が殿の地位を得る。
このとき家中の同意がなければ、家中の混乱が昂じて、家は崩壊します。
信長は桶狭間を戦って、今川義元を討ちましたが、それ以上に今川を追うことはしませんでした。
今川義元は名将でしたが、息子で跡取りの今川氏真は暗愚と伝えられていました。
駿河、遠州の地は、古くからの天領(天皇や貴族の荘園)が多く、武家による治世が困難な地です。
つまり、放っておいても自壊する。
だからそれ以上に追うことはしていません。(他にも理由はありますが、ここではこの点にのみ注意してください)。
戦国の世を最終的に終わらせた徳川家康の治世の根幹もまた同じです。
眼の前の問題をいかに解決するかではなく、解決した後に、いかに禍根を残さないようにするか。
このことを家康は治世の最大方針としています。
その象徴となったのが、奉行の存在です。
奉行という字は「行いを奉る者」という意味ですが、奉行職において、最も重要視されたことは、眼の前の問題に裁決を下すことではありません。
紛争の当事者同士が、いかにその後の和平を築くか。
ここが最大の仕事とされました。
たとえば、暴力沙汰を犯した人が捕縛され、お白洲で裁きを受けます。
処罰は、遠島であったり、百叩きであったりもしました。
けれど、それ自体は、当事者が行う報復の代行にすぎません。
問題は、加害者被害者の双方とその家族が、その後の関係をどう整えていくのか。
事件後も、当事者となった人々は、その後、何世代も狭い町や村で生活を共にするのです。
そのために必要なことは、壊れた関係を、いかにして整えるか以外にありません。
これらすべては、いわゆる勝敗の問題ではありません。
古い言い方で、これを「落とし所」と呼びましたが、それらすべては、
どう終わらせるかという「終わらせ方」の問題です。
これが重要視されたのです。
過去の話ばかりではありません。
現代において、たとえば、米国は、日米戦争後、日本を民主化するという大義には大成功しています。
けれど、その成功体験によって、米国が是とした「米国型民主主義の輸出」は、朝鮮戦争においても、ベトナム戦争においても、湾岸戦争においても、いま行われているイラクとの戦争においても、いずれもすべて失敗しています。
敢えて言ってしまえば、米国が日本で成功したのは、日本人の民度が高かったこと、そして終戦のときに昭和天皇が、終戦の詔によって、国民に「情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム。宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」と、国民の進むべき方向性をキチンと整えてくださったことに起因します。
では、現代における戦争、政治、企業経営も、あるいは家庭における在り方の問題等は、どのような解決が示されているのでしょうか。
思うにあまりにも過度に、「どう勝つか」「どう制するか」に焦点が当てられてはいないでしょうか。
「どう勝つか、どう制するか」という技法、必要ないと申し上げているのではありません。
そのあと、どうなるのか。どうしていくのか。
要するに、問題解決後の出口の設計は、果たしてちゃんと考えられているといえるのでしょうか。
たとえば戦争。
勝利したあと、その地域はどうなるのか。
人々の関係はどう再構築されるのか。
対立の火種は、本当に消えているのか。
ここが設計されていなければ、
対立は形を変えて続いていくのではないでしょうか。
***
本当に必要な視点とは何か。
ここで必要になるのが、「終わり方」という視点です。
私はこの視点を、
「EXIT Design(終結の設計)」
と呼んでいます。
問題をどう解決するかではなく、どのように終わらせるかをデザインする。
勝つことではなく、その後も続く形に整えて行く。
現代社会は、「勝つための設計」には非常に長けています。
戦略も、制度も、仕組みも、すべては勝利や成果を最大化する方向に作られています。
しかし、「どう終わらせるか」という設計は、ほとんど存在していません。
その結果、
問題は解決されても、
関係は壊れ、
対立は繰り返される。
では、どうすれば「終わり方」を設計できるのでしょうか。
倭塾サロンでは、この「EXIT Design」という視点から、社会の構造そのものを、より深く掘り下げていきます。
ご関心のある方は、ぜひ続きもご覧ください。
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