組織が苦しくなったとき、多くの場合は「削る」ことで立て直そうとします。けれどそれは、本当に正しいのでしょうか。幕末の山田方谷は、借金を「返す」のではなく、「力を生み出す」ことで逆転を実現しました。その背景にあったのは、「どこへ向かうのか」を見据えた判断です。本記事では、その考え方の核心に触れます。

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いまの時代、組織が苦しくなると、必ず出てくる処方箋があります。
それが、「人を減らす」「支出を削る」「効率化する」という、いわゆるリストラです。

たしかに、それで数字は整います。
けれどその裏で、何が起きているでしょうか。
現場は疲弊し、人の力は弱まり、組織そのものの活力が失われていきます。
数字は整ったのに、仕事がうまく回らなくなります。

実はこれ、いまに始まった話ではありません。
幕末のある藩も、まったく同じ状況にありました。
それが、備中松山藩です。

名目は五万石。
けれど実際の収入は、わずか二万石ほど。
そのうえで、借金は十万両。

わかりやすく現代風に言うと、
表向きの売上高は、80億円だけれど、実際の売上は30億円程度。
それでいて借金は150億円という状況です。完全な経営破綻です。

それでいて、どうすれば立て直せるのか分からない。
そんな中で、一人の人物が登場します。

山田方谷(やまだほうこく)。

この人がやったことは、常識からすれば、信じられないものでした。
まず彼は、借金を返しませんでした。
正確にいえば、返すことを「やめ」ました。

「これまでの利息は免除してほしい。
 元本については、五十年待ってほしい。」
そう言って、債権者である大坂商人たちと交渉したのです。

普通なら、そんな話は通るはずがありません。
けれど結果はどうなったか。
商人たちは、それを受け入れたのです。

なぜか。
彼が「お金を返します」と言ったからではありません。
「立て直します」と言ったからです。

多くの場合、私たちは「どう返すか」「どう埋めるか」から考えます。
けれど方谷は違いました。
「どうすれば、もう一度、力を生み出せるか」から出発したのです。

そして実際に、彼はやりました。

産業を育て、人を活かし、現場の力を引き出し、藩の中に「生み出す流れ」をつくっていったのです。
削ることで整えるのではなく、生み出すことで立て直す。
その結果、どうなったか。

借金は完済され、さらにわずか八年で、逆に十万両の蓄財を持つに至ります。
完全な逆転です。

なぜそんなことができたのか。
ここに、この話のいちばん大事なポイントがあります。

それは、やり方ではありません。
もっと根本のところ。
「何を基準に判断したのか」
にあります。

方谷は、ひとつの考え方を軸にしていました。
「義を明らかにして利を計らず」
つまり、
「まず筋を正せ。利益は後からついてくる」
という考え方です。

これを聞くと、きれいごとのように聞こえるかもしれません。

けれど彼は、それを現実の中で本気でやり切ったのです。
借金の整理も、産業の育成も、人材の登用も、すべてこの基準で判断しています。

だからこそ、ぶれない。
だからこそ、全体が整っていく。

実はこの話、他人事ではありません。
会社でも、家庭でも、人間関係でも同じです。

「どう得をするか」から動くと、どこかで歪みが生まれます。
けれど、
「どこへ向かうのか」から考えると、やるべきことが見えてきます。
その結果として、物事が整っていくのです。

これは言い換えれば、
「出口を見ているかどうか」です。

いま自分は、どこへ向かっているのか。
その先に、どんな状態をつくろうとしているのか。

ここが定まっていないと、どれだけ努力しても、方向がズレていきます。
逆にここが定まっていれば、いま何をすべきかが、自然と見えてきます。

山田方谷の話は、単なる歴史の美談ではありません。
いまの時代にそのまま通用する「原理」です。

ではなぜ、「削る改革」は人を弱らせ、「生み出す改革」は流れを変えるのか。
実際に、彼はどのようにして産業を育て、人を活かし、流れをつくっていったのか。
その具体を、有料ブログの方で詳しく書いています。

興味のある方は、ぜひ続きを読んでみてください^^

▼倭塾サロン
借金十万両を「返さず」に立て直した男──山田方谷の逆転の思想
https://salon.hjrc.jp/?p=3703

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