忙しさに追われていると、本当に大切なものほど見えなくなってしまいます。日本人は昔から「間」や「余白」を大切にし、その中で心を整え、人との関係を育んできました。今日は、「余白があるから、心は立ち止まり、本当に大切なものに気づくことができる」という言葉を通して、未来への一歩を見つめてみたいと思います。

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余白があるから、心は立ち止まり、本当に大切なものに気づくことができる。
私たちは朝起きた瞬間から、毎日、たくさんのことに追われています。
今日しなければならないことを考え、仕事や家事に追われ、スマートフォンを開けば、次々と新しい情報が飛び込んできます。
何かを終えたと思えば、すぐに次の用事が待っている。
そんな日々が続くと、私たちの心は、いつの間にか「立ち止まること」を忘れてしまいます。
けれど、走り続けていると、見えないものがあります。
道ばかりを見て急いで歩いていれば、道端に咲いている小さな花には気づきません。
早く答えを出そうとすれば、相手が本当に伝えたかった思いを聞き逃してしまうこともあります。
心も同じです。
心の中が予定や不安、怒りや焦りでいっぱいになっていると、大切なものが目の前にあっても、それに気づくことができません。
だから、余白が必要なのです。
余白は、無駄な時間ではありません。
いったん足を止め、自分の心や、周囲の人々との関係を見つめ直すための時間です。
忙しい一日の途中に、温かいお茶を一杯飲む。空を見上げる。
家族の話を、手を止めて聞く。
ほんの数分でも、心に余白を置くと、それまで見えなかったものが見えてきます。
「あの人は、責めたかったのではなく、
寂しかったのかもしれない」
「自分が本当に守りたかったものは正しさではなく、
この人との関係だったのかもしれない」
「急いで手に入れたものより、すでに与えられているものの方が、
ずっと大切だったのかもしれない」
そんな気づきは、忙しさの中からではなく、心が立ち止まったときに生まれます。
日本人は昔から、何もない空間を「無駄」とは考えませんでした。
音と音のあいだに「間」があるから、音楽は美しく響き、
床の間に置かれた一輪の花に美を感じ、
言葉と言葉の間から、相手の心を受け取ります。
部屋にも庭にも余白があるから、光や風が通ります。
人が生きることも同じだと思うのです。
予定ですべてを埋め尽くすのではなく、少しだけ空けておく。
自分の考えだけで心をいっぱいにせず、相手の思いが入ってくる場所を残しておく。
その余白が、人と人を結び、新しい気づきを生み、次の一歩を選ぶ力になります。
立ち止まることは、前に進むことをやめることではありません。
どこへ向かいたいのか、出口をいま一度、自分の中で確かめ、
本当に大切なことを見失わずに歩くための、大切な時間です。
余白があるから、心は立ち止まり、本当に大切なものに気づくことができる。
今日もほんの少し、心の中に、光と風の通る場所を残しておきたいものです。
——今日も良い一日を♪
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