『古事記』は、天地が初めて発ったとき、「中心」と「むすひ」の神々が成るところから始まります。なぜ最初に、この神々が登場するのでしょうか。「成る」と「むすひ」という言葉に注目すると、そこには、存在が先にあって関係が生まれるだけではなく、関係の中から新しい存在が「成っていく」という世界の姿が見えてきます。『古事記』の冒頭から、Relationと未来について考えます。
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世界は「むすひ」から動きはじめる。『古事記』の冒頭に学ぶRelation
今日から、「今日のひとこと」で、ときどき『古事記』を取り上げていきたいと思います。
『古事記』というと、最初にたくさんの神様のお名前が出てきます。
天之御中主神 (あめのみなかの ぬしのかみ)。
次 高御産巣日神 (つぎにたかみの むすひかみ)。
次 神産巣日神 (つぎにはかみの むすひかみ)。
さらにそのあとも、聞き慣れない神様のお名前がずらりと続きます。
このあたりで、「うわ、難しそうだ」と思って、本を閉じてしまった方も少なくないかもしれません(笑)。
けれど、神様のお名前を暗記する必要はありません。
大切なことは、
なぜ、その神様が最初に現れるのか。
そして、
そのお名前には、どのような意味が込められているのか。
にあります。
そこを見ていくと、『古事記』の冒頭は、単なる神様の名簿ではなくて、
世界がどのように始まり、どのように展開していくのかを語る、とても興味深い物語に見えてきます。
『古事記』の本文は、次の言葉から始まります。
【原文】 【七五読み文】
天地 あめつちの
初発之時於高天 はじめのときに たかあまの
原成神名 はらになります かみのなは
天之御中主神 あめのみなかの ぬしのかみ
(訓高下天、云阿麻。下効此)
高の下にある天という字は「あま」と読む。以下同じ
次高御産巣日神 つぎにたかみの むすひかみ
次神産巣日神 つぎにはかみの むすひかみ
【現代語訳】
天地のはじめのときに、高天原にお成りになられた神様のお名前は、天之御中主神。
次に高御産巣日神。
次に神産巣日神。
***
まず注目したいのは、「訓高下天、云阿麻。下効此」という注釈です。
「高」の字の下にある「天」は、「あま」と読みなさいと指示しています。
ですから、古事記の最初の書き出しは、「天地」で、ここは「あめ」です。
けれど「高天原」のときだけ、「天」という漢字を「あま」と読みなさいと指示しています。
日本語では、漢字にその意味に対応する大和言葉を当てる「訓読み」が発達しました。
そしてこのことは、漢字が日本に伝わったとき、すでに日本には、漢字だけではそのまま表しきれない豊かな大和言葉の世界があったことを示しています。
だから「天」という字を「あめ」と「あま」と読み替えているのです。
では、「あめ」と「あま」の違いとは何でしょうか。
大和言葉には、一音一音にも意味を読み取ることのできる言葉が少なくありません。
そこで、ここでは「あ・め・ま」という音に含まれる意味を考えてみます。
そこで一音の訓読みを持つそれぞれの漢字を拾ってみると、
「あ」=吾、天があります。これらは“私”や“天”を指す始原的な存在を意味していたことがわかります。
同様に
「め」=芽、目、女で、「めばえ」「めだつ」など、発現・視点・女性的受容を象徴している音といえます。
「ま」=真、間、舞で、 「まこと」「まのあいだ」など、中心・調和・静寂を含む音のようです。
そこからみると、
「あめ」=始原的で広大な発芽・視点
「あま」=始原的で広大な中にあって、調和をもたらす中心
と読むことができます。
ということは、現代風にわかりやすく言うなら、
「広大な時空間の中の調和をもたらす中心に、最初に成られた神様が、天之御中主神」
と書かれているとわかります。
ここで「成る」という表現があります。
ここで大切なことは、『古事記』が
「造られた」と書かず、
「成りませる」と書いていることです。
「成る」は、何かが外から作られるというより、ある状態が成立し、姿を現す言葉です。
広大な時空間の調和をもたらす中心の成立点を、天之御中主神と呼んだということになるのかもしれません。
続いて成られたのが、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と、神産巣日神(かみむすひのかみ)です。
この二柱のお名前には、どちらにも、
産巣日(むすひ)
という言葉が含まれています。
「むす」は、「苔むす」などという言葉にも残っているように、何かが生じる、育つ、新しいものが現れることを意味します。
そして「ひ」は、古くから霊的な力、生命の力を表す霊(ひ)として用いられてきた語です。
つまり「むすひ」とは、新しいものを生み、結び、育てていく力と考えることができます。
ここに、『古事記』冒頭のおもしろさがあります。
まず「中心」がある。
けれど、中心だけでは世界は展開しない。
そこに二柱の「むすひ」が現れる。
そして、そこから世界が動き始めていくという構造が描かれていると読めるからです。
このことを、現代風に言葉を変えれば、「関係性」であり、英語で言ったら「Relation」です。
現代人は、ものごとを「もの」から考えることに慣れています。
私がいる、あなたがいる。会社がある。国家がある。自然がある。
そして、それぞれが尊重されるべき個体である・・・と、このように考えます。
つまり、
Entityが先にあり、Relationはあとから生じる
という考え方です。
ところが、『古事記』の冒頭を眺めていると、少し違う世界が見えてきます。
世界は、完成したEntityが並べられるところから始まっていません。
何かが「成り」、
そこに「むすひ」が働き、
次のものが生まれていく。
つまり世界は、
関係の中から、次の存在が立ち上がってくる。
と書かれていると読むことができるのです。
これは、人間社会にもよく似ています。
たとえば、ひとりの人間だけでは、「夫」にはなれません。
妻との関係があって、夫になります。
子供との関係があって、父親になります。
先生も、生徒がいて初めて先生になります。
社長も、社員や取引先やお客様との関係の中で社長になります。
そもそも友情も愛情も、人情も、多くの場合、誰かや何かとの関わりの中で生まれます。
単独では成立しない。
このように考えると、
「人がいて、そのあと関係が生まれる」というだけでなく、
「関係の中で、人もまた成っていく」と見ることができます。
これは、とても大切な視点だと思います。
夫婦関係が変われば、夫も妻も変わります。
親子関係が変われば、親も子も変わります。
職場のRelationが変われば、同じ人でも働き方や表情が変わります。
社会のRelationが変われば、人々の生き方まで変わっていきます。
人は、孤立したEntityとして存在しているのではなく、
無数のRelationの中で、日々「成り続けている」といえるのです。
結ぶとは、ただ二つのものを紐で縛ることではありません。
結ぶことによって、それまで存在しなかった何かが生まれる。
男女が結ばれて家庭が生まれる。
人と人が結ばれて共同体が生まれる。
知恵と経験が結ばれて文化が生まれる。
過去と現在が結ばれて、未来が生まれる。
そこにはいつも、
結ばれることで、新しいものが「成る」という働きがあります。
ここに『古事記』が冒頭で描く 「むすひ」があるように思えるのです。
そしてもうひとつ、私は『古事記』が「成る」という言葉で世界を描いていることにも、とても大きな意味があると思っています。
近年では、様々な出来事について、
「正しい社会とはこういうものだ」
「人はこうあるべきだ」
「完成形はこれだ」
と、最初から完成品(答え)を決めようとする傾向があるように思います。
けれど現実の世界は、そんなに単純ではありません。
人も社会も、最初から完成しているわけではありません。
さまざまな人が出会い、衝突し、結ばれ、失敗し、また結び直しながら、少しずつ次の姿へ「成って」いきます。
だからRelation は、「誰が正しいか」ではなく、
この関係から、何が成っていくのかを見ることでもあります。
これは出口設計も同じです。
いま誰が勝っているか。誰が負けているか。
誰が正しいか。誰が悪いか。
そこだけしか見ていないなら、そこから未来は見えてきません。
大切なことは、
このRelationの先に、どんな未来を成らせたいのか、という問いです。
その未来を思い描きながら、今日の関係を結び直していく。
その繰り返しが、社会をつくり、文明をつくるのではないでしょうか。
『古事記』の冒頭には、まだ天照大御神も、須佐之男命も、大国主神も登場していません。
英雄もいません。
国家もありません。
あるのは、
「中心」と、
「むすひ」です。
世界の始まりに必要だったのは、誰か一人の強い支配者ではない。
まず中心があり、「むすひ」があり、そこから世界が成っていく。
『古事記』は、そのような物語から始まっています。
もしかすると私たちがこれからの社会を考えるときにも、大切な「問い」が、ここにあるのかもしれません。
誰か一人が正しい答えを持つことではなく、
人と人が結ばれ、
異なるものが結ばれ、
過去と未来が結ばれ、
その「あいだ」から、これまでになかった何かを成らせていく。
世界は「もの」だけでできているのではありません。
世界は、結びの中で生まれ続けています。
『古事記』の世界は、「中心」だけでは始まらない。
二柱の「むすひ」が現れて、世界が動きはじめる。
その古い物語は、いまを生きる私たちにも、
「あなたは、どんなRelationから、どんな未来を成らせますか」
と問いかけているのかもしれません。
——今日も良い一日を♪

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