「相手を尊重する」とは、相手の考えを何でも受け入れることでしょうか。そうではありません。あなたには、あなたの世界がある。私には、私の世界がある。だからこそ、その境界=Boundaryを互いに尊重することが大切です。ときには「NO」と伝えることさえ、関係を壊す行為ではなく、Relationを適切な距離へ戻すための大切な実務になります。Relationは、みんなを同じ考えにするための思想ではありません。異なるEntity同士が境界を尊重しながら、その「あいだ」に何を育て、どんな未来をつくっていくのか。
今朝は「正しさ」から出発して、Relation、Boundary、Intrusion、そして出口設計へと考えてみたいと思います。

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Relationは思想ではなく、関係を壊さずに未来へ進むための実務。
夫婦であっても、ちょっとした言い争いになることはあるものです。
「私はそんなこと言ってない」
「いや、たしかに言った」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「でも、私はそう受け取った」
こうなると、お互いに一歩も引けません。
なぜなら、どちらも嘘をついているわけではないからです。
言った側には、言った側の記憶があります。
聞いた側には、聞いた側の受け取り方の記憶があります。
そして、おもしろいことに、こういうとき私たちは、いつの間にか心のなかで、
**「どちらが正しいのか」**を決めようとしています。
けれど、そこで少し観測点を動かしてみたらどうでしょう。
もしかすると、本当に大切なのは、「どちらが正しいのか」ではなく、
「なぜ、お互いのあいだにこんな違いが生まれたのだろう」
という問いなのかもしれません。
一枚のコインを、向かい合った二人が見ているとします。
片方には表が見えています。
もう片方には裏が見えています。
「これは表だ」
「いや、裏だ」
どちらが正しいのでしょうか?
どちらも正しいです。
ただし、どちらもコイン全体を見ているわけではありません。
片面だけしか見ていません。
私たちが「正しい」と思っているものにも、これと似たところがあります。
人は、それぞれ異なる場所に立っています。
育ってきた環境も違います。
経験も違います。
知識も違います。
置かれている立場も違います。
男女となると、脳の構造まで違うかも(笑)。
ドライブがてら夜景を観に行く。
男性には、ただきれいな光が見えます。
女性には、そこに様々な色の光が見えるのだそうです。
男性は、言われてはじめて、「あ、あれたしかに緑の光だね」と気づく(笑)。
同じ出来事を見ても、見えている景色は同じではありません。
だから、自分に見えているものだけを世界のすべてだと思ってしまうと、
「自分が正しい」
「だから相手が間違っている」
となります。
そして、その瞬間から対話は、
「一緒に世界を見ること」から、「どちらが勝つか」
に変わります。
もちろん、何でも「人それぞれ」で済ませればよいわけではありません。
事実関係も、論理も、ルールも必要です。
明らかな間違いや、不正まで、「どちらにも正しさがありますね」で済ませることはできません。
けれど、人間社会で起こる問題の多くは、それほど単純なことばかりではありません。
会社でも、経営者には経営者の事情があり、社員には社員の生活があります。
顧客にも顧客の要求がある。
学校なら、
先生には先生の立場があり、子供には子供の世界があります。
親には親の願いがあります。
国も同じです。
それぞれに歴史があり、それぞれに事情があり、それぞれに守りたいものがあります。
自分だけの観測点から見れば、相手がおかしく見えます。
けれど観測点を動かしてみると、
「ああ、ここから見れば、そう見えるのか」という世界が立ち上がります。
ほら。子供の頃、教わったじゃないですか。
「善行ちゃん、相手の立場に立って考えなさい!」って。
ここで大切になるのが、Relationという考え方です。
Entityとして「私」と「あなた」が、それぞれ独立した存在であることは大切です。
ただ、そこで世界を止めてしまうと、「私か、あなたか」「どちらが正しいか」という対立になりやすい。
けれどRelation(関係性)から見ると、その二人の「あいだ」にも世界がある。
私が何を言ったか。
あなたがそれをどう受け取ったか。
なぜそのように受け取ったのか。
そこには、それまでの経験や信頼、期待、不安、立場、そして過去から積み重なってきた関係があります。
つまり、人間社会は、
人と人がただ並んでいるのではなく、その「あいだ」に無数のRelationが張り巡らされている。
と見ることができます。
ここは、とても大切なところです。
Relationは、正しいとか間違っているとかを、「どうでもいい」と考えるものではありません。
むしろ逆です。
自分の正しさだけで世界を決めないという考え方です。
相手の正しさにも耳を傾ける。
事実を確かめる。
互いの観測点を持ち寄る。
ただし、ここには大切な前提があります。
相手の観測点を尊重することと、
相手の観測点を自分の世界に受け入れることは、同じではありません。
あなたには、あなたの信じる世界がある。
私には、私の信じる世界がある。
その違いは尊重すればよい。
けれど、自分の「正しさ」を相手の領域にまで持ち込み、
「あなたも、この世界観に従うべきだ」となれば、話は別です。
それはRelationではなく、相手の領域への「侵犯(intrusion・イントルージョン)」になってしまいます。
Relationとは、境界をなくすことではありません。
境界のあるEntity同士が、互いの境界を尊重しながら、その「あいだ」に何を育て、何を生み出していくのかを考え、調整し、育てていく実務です。
だから、ときには、
「あなたがそう考えることは尊重します。でも、ここから先は私の領域です」
と伝えることも、Relationを守る大切な行為です。
Relationには、場合によっては**「NO」と言うことまで含まれる**のです。
「あなたがそう信じる自由は尊重します。
ただし、私の領域にそれを適用することにはNOです」
この場合のNOは、相手のEntityそのものを拒絶しているわけではありません。
Boundary(境界)を元の位置へ戻しているのです。
Relationには、Boundary(境界)があります。
境界を尊重するからRelationになるのです。
境界を越えて相手の領域に入り込めば、Intrusion(侵犯)になります。
だから、
「NO」は、Relationの否定ではありません。
「NO」は、Relationを適切な距離へ戻す働きです。
互いのBoundary(境界)が明らかになれば、そこではじめて、
「では、この境界のあいだに、どんな関係をつくっていこうか」
と考えることができるのです。
Relationは、正しさを否定する思想ではありません。
ひとつの正しさを絶対化することから、
私たち自身が、自由になるための実務なのです。
議論に勝つことはできます。
相手の矛盾を指摘し、論破し、自分の正しさを証明する。
でもその結果、相手が二度と話してくれなくなったとしたら。
家族がバラバラになったとしたら。
会社から人がいなくなったとしたら。
社会が二つに割れてしまったとしたら。
その「正しさ」は、どんな出口につながったのでしょう。
ここでRelationと出口設計がつながります。
大切なことは、
「私は正しかった」で終わることではありません。
その正しさを使って、
最後に、どんな関係をつくるのか。
にあります。
私たちはつい、答えは誰かが持っているものだと思いがちです。
けれど、本当にそうでしょうか。
私には、私の場所から見える世界がある。
あなたには、あなたの場所から見える世界がある。
他人には、その人の場所から見える景色がある。
もちろん、その景色のすべてが、私にとって必要なものとは限りません。
相手の観測点を理解することと、相手と同じ観測点に立つことは別だからです。
それでも観測点を移動するのは、
自分ひとりでは見えなかったものを、見ようとするからです。
それは、その場ですぐに見えるものではないかもしれない。
けれど、その場でわからなければ、何年でも、自分の中で温め続ける。
5年でダメなら、10年。
10年でダメなら、20年。
あきらめずに、温め続ける。
するとある日、突然、ひとりで見えなかったものが見えることがあります。
だとしたら答えは、最初から誰か一人の中に完成しているのではなく、
自分の中で「成長していくもの」です。
そしてそのことは、互いの関係性(Relation)も同じです。
Relationも成長する。
それこそRelationの持つ、大きな可能性なのではないかと思います。
「私は正しい」
そう思ったときに、ほんの少しだけ立ち止まってみる。
そして、
「相手からは、何が見えているのだろう」
と観測点を動かしてみる。
すると、それまで敵に見えていた相手が、
「違う場所から同じ世界を見ている人」に変わることがあります。
もちろん、最後まで意見が一致しないことだってあります。
それで良いと思います。
同じ答えになることがRelationなのではありません。
違う観測点を持ったままでも、
互いの違いを持ち寄り、そこから次の未来を一緒につくることができるからです。
そのとき私たちは、
「誰が正しいのか」
という平面から一歩抜け出して、
「では、この関係から何を生み出そうか」
という新しい世界へ進むことができます。
だから私は、こう思います。
Relationは、誰が正しいかを超えた先にある。
そしてその先にはきっと、
ひとりでは見ることのできなかった未来が待っているのだと思います。
——今日も良い一日を♪
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