「結び」とは、みんなが同じになることではありません。むしろ、一人ひとりが違うからこそ、結ぶ意味があります。違う知恵、違う経験、違う能力を、小さな「公約数」に押し込めるのではなく、それぞれの違いを活かしたまま結んでいく。すると、その「あいだ」から、誰ひとり最初には思い描いていなかった可能性が生まれることがあります。それは人と人だけでなく、過去と現在、家庭と学校と地域、そして人間とAIの関係にもいえることです。ひとりでは存在しなかった未来は、どのように生まれるのか。「公約数」と「公倍数」を手がかりに、「結び」の本質について考えます。

今日のひとこと・結びは、ひとりでは生まれなかった未来を、ともにつくる力になる。

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結びは、ひとりでは生まれなかった未来を、ともにつくる力になる。

ひとりでできることには、限りがあります。
だから私たちは昔から、力を合わせて生きてきました。
大きな石を動かすときも、田畑を耕すときも、家を建てるときも、
ひとりではできないことを、みんなで力を合わせて成し遂げてきました。

そんな「結び」は、単なる協力とは少し違うように思います。

協力というと、すでに決まっている目的に向かって、それぞれが力を出し合う team up のようなものを思い浮かべます。
けれど結びからは、ときに誰も最初には思い描いていなかったものが生まれます。

たとえば、ひとりの人が、「こんなことをやってみたい」と言ったとします。
そこに別の人が、「それなら、こうしたらもっと面白いんじゃない?」と応えます。
すると、また別の人が、「それなら私は、これができるよ」と加わる。
最初に話を始めた人でさえ想像していなかったところへ、話が広がる。

これが「結び」の面白さです。

一人ひとり、知恵や経験、得意なこと、ものの見方が違います。
その違いを消して、みんな同じになったら金太郎飴です。
それは「結び」ではなく、「同質化」です。

「結び」は、違うものが、違うまま結ばれる。
個々のEntityは、それぞれまったく別なのです。
その別なものと別なものの「あいだ」に、それまで存在しなかった新しいものが生まれる。
これが「結び」です。

一人の中に答えがあって、それにみんなが従うのではない。
Aさんの考えとBさんの考えが出会い、
そこにCさんの経験が加わり、
さらにDさんの問いが加わる。
そうして、AでもBでもCでもDでもない、
新しい「何か」が生まれていく。

そこに、Relationとしての結びの力があります。

これは、公約数と公倍数の違いです。
みんなが、それぞれ「1、2、3、4、6」という力を持つ人たちだったとします。

これらすべてに共通する公約数を求めれば、答えは「1」しかありません。
「全員が確実にできること」に合わせて組織をつくれば、せっかく一人ひとりが違う力を持っているのに、全体を「1」にまで縮めてしまうことになります。
これ、本当によくあることです。

ところが公倍数ならば、最小公倍数が「12」。
さらに「24、36、48、60・・・」と、可能性がどこまでも広がっていきます。
もちろんこれは数学を人間関係に置き換えた比喩です。
しかし、「結び」の性質をよく表しています。

一人ひとりの違いを小さな共通部分へ押し込めるのではなく、違いを活かしたまま結ぶ。
そうすることで、それまでになかった可能性が生まれる。
これが「結び」の力だからです。

実はこれは、単なる比喩として思いついた話ではありません。
私自身、サラリーマン時代に12名の小さな営業所を任されたとき、この考え方で組織を運営しました。
結果、その営業所は赴任3ヶ月後には、営業成績が全国1位となり、
わずか2年で、10倍以上の従業員を擁する巨大支店の売上を上回りそうなところまで成長を遂げることができました。

「結び」は、人と人だけではありません。
過去と現在が結ばれれば、歴史から新しい知恵が生まれます。
大人と子どもが結ばれれば、経験と新しい感性が出会います。
地域と学校、家庭が結ばれれば、それぞれ単独ではできなかった子育てや教育の形が生まれます。

AIの時代は、恐怖の時代、人がAIに支配される時代、そのように述べられる方々がいます。
けれど、仮にAIが出した答えのとおりに誰かが行動した場合、その行動の責任は、誰が取ることになるのでしょうか。
もし仮に、AIと人間の上下関係を言うなら、責任を取る側が、上です。
つまりAIは、助言者にはなれても、責任主体にはなれないのです。
ならば、人間がどう、AIと接していくのか。
その責任は人間の側にあります。

たいせつなことは、繰り返し述べさせていただいているように、人の側の「問い」です。
人が問いを投げ、AIが別の角度から応え、
その応えを受けて人間がさらに考える。
この往復の中から、人間だけでもAIだけでも思いつかなかった考えが生まれることがあります。
まさに、「結び」です。

大切なことは、誰かの考えを「正解」にして、そこへ全員を合わせることではありません。
それでは公約数になってしまいます。
だから、
「私はこう思う」
「あなたはそう見るんだね」
「では、その二つを結んだら、何が生まれるだろう」
そうやって互いの違いを持ち寄りながら、まだ存在していない未来を、ともにつくっていくならば、それこそが「結び」の力です。

未来とは、どこかに用意されていて、私たちがそこへ向かって歩いていくものだけではありません。
人と人が出会い、
知恵と知恵が出会い、
過去と現在が出会い、
そしてお互いの「あいだ」に新しい可能性が生まれるのです。

未来は、あらかじめ用意されているのではありません。
その積み重ねによって、未来そのものが「形づくられていく」のです。

だから結びとは、単に「仲良くすること」ではありません。
媚びることでもありません。
怖じて支配されることでもありません。
もちろん支配する力でもありません。

「結び」は、
ひとりでは生まれなかった未来を、ともにつくる力です。

今日、誰かと交わすひとことからも、
まだこの世になかった小さな未来が生まれるかもしれません。

——今日も良い一日を♪

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