未来は、誰にも正確には見えません。けれど、今いる人や、その人が周囲とどのようなRelationを結んでいるかを見れば、「このまま進めば、どうなりそうか」という成り行きは、ある程度見えてきます。大切なのは、その予測を運命として受け入れることではありません。「その未来を、本当に選ぶのか?」と問い直すことです。出口設計とは、未来を当てる技術ではなく、見えない未来に問いを置き、今日の選択を変えていく営みなのです。

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出口設計は、見えない未来を「問う」こと。
金融の世界には、ひとつの常識があります。
「この人に仕事を任せたとき、3ヶ月で方向が見え、6ヶ月後にはそれが具体的な成果、つまり数字になって現れる。そして、その後は基本的にその延長線になる」というものです。
たとえば、ある店に新しい店長が赴任したとします。
3ヶ月もすると、その店の方向性が見えてきます。
店内の士気が上がっているのか、それとも停滞しているのか。
そして6ヶ月もすれば、それが売上などの具体的な数字となって現れます。
もちろん、途中で大きな出来事が起きたり、本人が考え方を変えたりすれば別です。
けれど、そうした仕切り直しがない限り、その後の1年、3年も、おおむねその延長線上にあります。
だから店長には任期があります。
長くなりすぎれば、今度は慣れや癒着が生まれる。
そこで人を替え、Relationを組み替えることで、新しい展開をつくるわけです。
役員人事なども同じです。
誰が担当役員になるかによって、その部門の未来はかなり変わります。
では、その人が担当したら、どんな未来になるのか。
これを考える簡単な方法があります。
「その人が100人いたら?」
と考えてみるのです。
あるいは、
「その集団の8割が、その人だったら?」
と考えてみるのです。
たとえば、日本人の8割が田原総一朗さんだったら、日本は相当騒がしい国になるでしょう(笑)。
国会議員の8割が石破元総理だったら?
安倍元総理だったら?
高市総理だったら?
福島みずほ先生だったら?
辻元清美先生だったら?
もちろん、実際にそうなるわけではありません。
けれど、その先にどんな日本が現れそうなのかは、それぞれある程度イメージできるのではないでしょうか。
なぜなら、人はそれぞれ、周囲との関わり方が違うからです。
与えられたテーマに、自他ともに忠実であろうとする人がいます。
テーマに忠実であろうとするあまり、状況の変化に対応できなくなる人もいます。
逆に、テーマそのものにはそれほど忠実でなくても、周囲を上手に巻き込み、大きな成果を上げる人もいます。
つまり「誰が」という問題は、単なる能力や人格の問題だけではありません。
その人が、
周囲とどのようなRelationを結ぶ傾向にあるのか
という問題でもあるのです。
昭和19年10月のレイテ沖海戦で、日本海軍はその総指揮官に栗田健男海軍中将を任じました。
栗田中将は、立派な指揮官です。
けれど、あのような難局を突破するための指揮官として最適であったかどうかは、別の問いです。
誰をそこに置くのか。
その時点で、ある程度その先の「成り行き」は見えてきます。
つまり、
「このまま行けば、どうなりそうか」
は、ある程度予測できるのです。
『7つの習慣』も、個人や組織が「心身の健康」「良好な人間関係」「仕事の成果」といった望ましい結果や持続的な成長を得るための、素晴らしい方法論です。
私も30年ほど前にこれをスキナー先生から教わり、以来、自分自身の柱のひとつとしてきました。
ただ、『7つの習慣』は、いかにも西洋生まれらしく、まず「自分」というEntityを整え、強くするところから始まります。
そして、その習慣が具体的な成果となって現れるのは、整えられた自分が、周囲とどのようなRelationを結ぶかによってです。
ここに、とても大切なことがあります。
現在の人とRelationを見れば、「このまま行ったらどうなるか」は、ある程度予測できる。
けれど、
「このまま行った未来を、本当に選ぶのか」
は、まったく別の問題なのです。
ここからが、出口設計です。
未来のことなど、本当は誰にもわかりません。
1分後に何が起こるのかさえわからないのに、人は1ヶ月後、1年後、10年後、100年後の未来を語ります。
そもそも日本語で「かたり」といえば、「騙(かた)り」にも通じます(笑)。
だからといって、「未来はわからないのだから、考えても仕方がない」ということにはなりません。
ここで、観測点を少し動かしてみます。
未来を「当てる」という観測点から、
未来を「問う」という観測点へと移動するのです。
未来予測が求めるのは「答え」です。
けれど、現時点では、未来はまだ不確定です。
試合に勝ちたいという願いは、目標にはなりますが、試合前には、まだ「答え」は出ていません。
答えは、戦ったあとに結果として現れるものだからです。
ならば、まだ存在していない未来に対して、いま私たちにできることは何でしょうか。
問うことです。
たとえば、目の前に二つの道があるとします。
私たちはつい、「どちらが正しい道なのか」と考えます。
そこで問いを変えます。
「この道を進んだ先に、どんな景色があるだろう?」
「この道を選んだら、誰が笑顔になるだろう?」
「誰かが取り残されないだろうか?」
「目の前のこの選択を10年続けたら、どんな社会になるだろう?」
そして、
「その未来を、私たちは本当に望んでいるのだろうか?」
答えはわかりません。
未来は、まだ存在していないからです。
けれど、「問い」はいま持つことができます。
これが、**出口設計(Exit Design)**です。
未来を予測するというのは、
「このまま行けば、どうなりそうか」
を考えることです。
出口設計は、そこでもう一度、
「では、その未来を選ぶのか?」
と問います。
そして、望む未来でないのなら、
「では、何を変えればいい?」
と、さらに問います。
人の配置や関わり方を変えるのか。
仕組みを変えるのか。
自分の姿勢を変えるのか。
Relationを変えるのか。
そもそもの目的を問い直すのか。
その問いによって、今日の選択が変わります。
未来は、どこかですでに決まっていて、私たちがそこへ運ばれていくものではありません。
今日の小さな選択。
誰かにかけるひとこと。
仕事でのひとつひとつの判断。
家族との接し方。
そうした無数の選択とRelationが結ばれて、まだ存在していなかった未来が少しずつ形になっていきます。
だから出口設計は、正解ではありません。
予測でもありません。
目標でも目的でもありません。
出口設計が行うのは、
「この先に、どんな景色をつくりたいのだろう?」
という問いです。
歴史や古典を学ぶ意味も、ここにあります。
歴史も古典も、「次は必ずこうなる」とは教えてくれません。
時代も違えば、人も違う。技術も環境もRelationも違うからです。
けれど、「その選択の先で、何が起きたのか」を私たちに見せてくれます。
だから歴史や古典が与えてくれるのは、未来の答えではありません。
未来を考えるための、たくさんの問いです。
出口設計は問います。
「最後、どうなる?」
「その仕組みは、長く続けても壊れない?」
「その先で、みんなが笑顔になれる?」
そして、「このまま行けばこうなる。では、それでいいの?」と問います。
未来は見えません。
けれど、現在の延長線としての「成り行き」は、ある程度見ることができます。
だからこそ、その成り行きを運命だと思わず、
「どんな未来をつくりたいの?」
という問いを置くのです。
その問いによって、人の配置や関わり方を変えることができ、Relationを変えることができ、今日の選択を変えることができます。
出口設計とは、未来を言い当てる技術ではありません。
見えない未来に問いを置き、今日の選択を変えることです。
未来は、まだ白紙です。
だからこそ、そこに問いを置くことができます。
まだ誰も見たことのない、新しい未来へ。
——今日も良い一日を♪
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