自立とは、誰の助けも借りず、一人で生きることでしょうか。人は誰かに支えられ、ときには助けられながら生きています。大切なことは、その助けを拒むことではなく、受け取った力を自分のところで止めないことです。
今日は私が助けてもらう。明日は私が誰かを助ける。
「恩返し」から「恩送り」へ。
そこには、日本人が大切にしてきた「お互いさま」という関係(Relation)の知恵があります。
今回は、「自立=一人で立つこと」という常識を少し離れて、日本文化の中にある「自立」の意味を考えてみたいと思います。

今日のひとこと・自立した人は、助けを拒まず、助けられた力を次の誰かへ手渡す

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自立した人は、助けを拒まず、助けられた力を次の誰かへ手渡す。

「自立」という言葉を聞くと、
「人に頼らず、自分の力だけで生きること」
と思われがちです。

けれど、本当にそうでしょうか。

人は、生まれた瞬間から誰かに助けられて生きています。
赤ちゃんは、一人では生きることができません。
食べ物をつくる人がいて、運ぶ人がいて、売る人がいる。
病気になれば医師や看護師のお世話になり、災害が起これば、見知らぬ誰かの助けを借りることもあります。

どれほど強い人であっても、
誰の力も借りずに生きることなどできません。

だとすれば、自立とは、
「誰にも頼らないこと」ではありません。

むしろ、自分で立っているからこそ、
必要なときには素直に人の助けを受け取ることができるのだと思います。

そして大切なことは、その先です。

誰かに助けてもらったとき、
「借りをつくった」
と考えることがあります。

だから、
「迷惑をかけたくない」
「人の世話にはなりたくない」
と、差し伸べられた手まで拒んでしまうことがあります。

けれど、助けてもらった力は、
必ずしも、その人にそのまま返さなければならないものではありません。

困っているときに誰かが手を差し伸べてくれた。
そのおかげで、もう一度立ち上がることができた。

ならば、いつか自分の前に困っている人が現れたとき、
今度は自分が手を差し伸べればいい。

助けてもらった力を、「次の誰か」へ手渡していくのです。

そう考えると、「助ける人」と「助けられる人」は、固定された関係ではなくなります。

今日は私が助けてもらう。 明日は私が誰かを助ける。 そして、その人がまた別の誰かを助けていく。

こうして助けは、人から人へと巡っていきます。

日本には昔から「お互いさま」という言葉があります。
これは単に、
「今日はあなたを助けたから、今度は私を助けてね」
という交換条件ではありません。

誰だって、助ける側になることもあれば、助けられる側になることもある。
だから、お互いさまなのです。

自立は、孤立することではありません。
自分の足で立ちながら、
必要なときには差し伸べられた手を握り、
立ち上がったら、今度は別の誰かに手を差し伸べる。

そこには、
「誰が上で、誰が下か」
という関係もありません。

あるのは、助けが人から人へと巡っていく関係(Relation)です。
Relationとは、固定された「助ける人/助けられる人」という属性ではありません。
関係の中で役割が入れ替わり続けるものなのです。

別な言い方をするなら、「恩返し」より「恩送り」なのです。

恩返しは、
A → B → A

恩送りは、
A → B → C → D →……
となります。

つまり、受けた恩を自分のところで止めず、次の誰かへ送っていく。
こうして人と人との間に「お互いさま」の輪を広げていく。
これが日本文化の根幹です。

ですから、日本的な意味における自立とは、
「ひとりで立つ強さ」ではなく、
「支えられながら立ち、やがて誰かを支える側へ回ることのできる力」
にあります。

助けられることを恥じなくていい。
そして、受け取った力を自分だけのところで止めない。

今日、自分が受け取った小さな親切が、
明日、違う誰かの笑顔になるのかもしれない。

人は、一人で自立するのではありません。
互いに支え、支えられる関係の中で、自分の足で立つのです。

その力が次の誰かへ手渡されていくことで、
自立は「個人の強さ」から、
「みんなを支える力」へと変わっていくのだと思います。

——今日も良い一日を♪

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