間違いを認めることは、なぜこんなにも難しいのでしょうか。そこには「負けたくない」という意地だけでなく、責められるかもしれない、攻撃されるかもしれないという警戒があります。だとすれば、人や組織が素直に向きを変えるために必要なのは、正しさより先に「安心」なのかもしれません。今回は、姿勢、Relation、出口設計から、間違いを認めて共に未来へ進める社会について考えます。
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良い姿勢とは、いつも正しくあることではなく、間違いに気づいたときに向きを変えられること。
間違えないこと。失敗しないこと。判断を誤らないこと、正しくあろうとすること。
これらは、多くの人が日々心がけていることだと思います。
けれど人は、間違える生き物です(笑)。
思い込みもあるし、勘違いもある。
良かれと思ってしたことが、かえって相手を傷つけてしまうこともあります。
だから本当は、間違えたことより、もっと大切なことがあるのです。
それが、
「あ、違ったかもしれない」
と気づいたときに、向きを変えられるかどうかです。
人は、自分が間違っていたと気づいても、なかなかそれを認めることができません。
間違いを認めたら、負けたような気がするし、
「さっきと言っていることが違うじゃないか」と言われたくもない(笑)。
だから、自分の正しさを守ろうとします。
ある大手の企業は、本社の現場への指示に、いっさい間違いを犯すことができないという社風がありました。
本社は常に完璧でなければならない。
間違いを犯せば、現場に舐められる。
結果どうなったかというと、その会社は「誰も反対できない正しいこと」しか選択できなくなりました。
指揮系統は硬直化し、時代の変化にもついて行けなくなりました。
結果がどうなったかというと、戦後最大級の倒産事件となりました。
現代日本の政治にも同じことを感じます。
どんなに小さくても、それが間違いと誰かが感じた瞬間に、そこが徹底的に叩かれ、大騒ぎされる。
一方で、昔ながらの減点主義の官僚社会では、叩かれたらそれが失点になる。
だから、誰も反対できない程度の小さな間違いを犯さないようになる。
結果、大局を見誤って、国民生活を困窮させる。
本当は良い方向へ進みたいだけだったはずなのに、いつの間にか目的が、
**「自分が正しかったことを証明する」**ばかりに変わっているのです。
このことは、車の運転と同じです。
「あれ? こっちじゃなかった」
そう気づいたら、Uターンして、道を戻るか、代わりの道を探せばよいだけのことなのです。
ところがそこで、
「いや、俺は絶対に間違っていない!」とばかり、そのまま頑固に走り続ける。
で、ますます目的地から遠ざかる。
大切なことは、
「正しい道を選ぶことができたのか」ではなく、
**「行きたい場所へ向かっているか」**にあったはずです。
だから、道を間違えたことに気づいて向きを変えることは、敗北ではないのです。
むしろ、**「目的地を見失っていない」**ということです。
このことには、もうひとつ、見ておかなければならない大切なファクターがあります。
それが、**Relation(関係性)**です。
間違いを認めた瞬間に、
「ほら見ろ!」
「お前が悪かった!」
「だから言っただろう!」
と責められる関係の中では間違いを認めることができません。
断固として「正しかった!」と言い張るしかなくなります。
なぜなら、認めた瞬間に攻撃されるからです。
舐められたら終わりだと思うから、身を守るために、必死に言い訳をし、自分を正当化します。
ときには、相手の間違いまで探し始めたりします。
ここで起きていることは、「正しさ」を守っていることではありません。
ただ自分の身を守ろうとしているだけです。
責められるかもしれない。
否定されるかもしれない。
馬鹿にされるかもしれない。
見捨てられるかもしれない。
こうなると、目的さえも変わってしまいます。
たとえば政治なら、国民の命を護るために始めた政策でも、途中で新しい事実がわかり、見直しが必要になることがあります。
けれど間違いを認めれば責任問題になるから、これを警戒するあまり、軌道修正がまったくできなくなる。
もしかしたら、私たちはコロナ禍のさまざまな政策判断の中でも、この問題を目にしてきたのかもしれません。
いったん採用した政策を途中で修正すれば、「最初の判断が間違っていたのか」と責任を問われる。
そうした構造そのものが、軌道修正を難しくする。
間違いとわかれば糾弾されます。
だから間違いを認められない、軌道修正もできない。
ここで大切になるのが、
人や組織が素直に向きを変えるためには、その前に「安心」が必要
ということです。
「安心」というのは、お金があることや、健康であること、誰かに愛されること、社会的に成功していることばかりではありません。
たいせつなことは、
**「ここでは、自分を守るために身構えなくてもいい」**という感覚です。
間違えても、責任を引き受けたうえで、やり直すことができる。
弱さを見せても、それを攻撃の材料にされない。
意見を変えたことよりも、未来へ向きを変えたことが評価される。
つまり安心とは、何かをたくさん持っている状態というより、
警戒を自分でコントロールできる状態のことを言うのかもしれません。
人は警戒しているとき、相手の言葉の裏を読みます。
「これは攻撃ではないか」
「何か企んでいるのではないか」
「ここで認めたら負けるのではないか」
それは、防衛本能ともいえるものです。
すると、本当は一緒に未来を考えるべき相手が、いつの間にか「敵」に見えてくる。
相手もまた、こちらを警戒する。
こうしてRelationそのものが、互いを守るための防御戦になっていくのです。
反対に、
「そっか。じゃあ、ここからどうしようか」
と言える関係ならどうでしょう。
間違いを隠す必要がありません。
「あ、違った」と言える。
もしかすると、「あ、違った」と安心して言える社会こそ、幸福な社会なのかもしれません。
そして、その安心があるからこそ、人は共に向きを変えることができるのです。
文明の成熟度は、どれだけ失敗をなくしたかではなく、
失敗した人がどれだけ安心して軌道修正できるかで測れるのかもしれないのです。
実はこのことは、出口設計(Exit Design)そのものでもあります。
過去を振り返って、誰が正しかったのか、誰が間違っていたのかを考えることも必要です。
けれど、それだけでは未来を築けません。
「では、ここからどこへ向かうのか」
という問いが大事になるからです。
昨日まで正しいと思っていたことでも、違うと気づいたなら変えればいい。
昨日まで続けてきた方法でも、うまくいかないとわかったなら工夫すればいい。
目的まで捨てる必要はありません。
目的を見失わないからこそ、方法を変えることができる。
これが「姿勢」なのだと思います。
これは政治だけの話ではありません。
個人も家庭も、会社も組織も、人そのものであり、また人が織りなすものなのですから、間違いは必ず起こるのです。
だから大切なことは、
「間違いのない社会」をつくることではなく、
「間違いに気づいたとき、みんなで向きを変えられる関係性を、社会にどう築いていくのか」
ではないかと思います。
昨今では、SNS等で、間違いを認めた人が叩きまくられることがあります。
すると人は、間違いを認めるより、隠すことを選ぶようになります。
その結果、社会には嘘や言い訳や責任転嫁が増えていきます。
これは人々の人格だけの問題ではなく、Relationの問題でもあるのではないでしょうか。
間違いを認めれば攻撃されるRelationが、間違いを隠す人を生み出してしまうのです。
「気づいてくれてありがとう。じゃあ、ここから一緒に考えよう」と言える社会なら、人は少しずつ警戒を解くことができます。
そこに「安心」が生まれます。
考えてみれば、人間はずいぶん長いあいだ、「幸福」を求めてきました。
けれど、もしかすると幸福よりも前に、必要なものがあるのかもしれません。
それが、**「安心」**です。
どれほど豊かでも、
どれほど便利でも、
どれほどたくさんのものを持っていても、
いつ攻撃されるかわからない。
いつ責められるかわからない。
いつ裏切られるかわからない。
そんな警戒の中にいたら、人はなかなか幸福を感じることができません。
だとすれば文明とは、単に富を増やし、便利な道具をつくることだけではないはずです。
人が互いを警戒し続けなくても生きていけるRelationをつくること。
それもまた、文明の大切な役割なのではないでしょうか。
完璧な人間などいません。
誰もが間違える。
誰もが弱さを持っている。
誰もが、ときには道を間違える。
だからこそ、
不完全な人間どうしが、互いに安心して間違えることができ、
安心してそれを認め、
安心して向きを変え、
また一緒に未来へ歩き出せるRelationを育てる。
そこに、これからの文明を考える大きなヒントがあるように思います。
良い姿勢とは、いつも正しくあることではありません。
間違えないことでもありません。
間違いに気づいたとき、
「あ、こっちじゃなかったね」と認めて、向きを変える。
そして、「じゃあ、ここから一緒に行こう」と言える。
そのためには、正しさだけでは足りません。
人が警戒を解くことのできる「安心」が必要です。
そして、その安心を生み出すRelationを築くこと。
その柔らかな強さこそが、これからの未来社会を築く鍵になるのだと思います。
良い姿勢とは、正しさにしがみつくことではなく、安心の中で向きを変えられること。
——今日も良い一日を♪

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