「どちらが正しいか」を争うだけでは、新しい未来は生まれません。
人と人が響き合う「あいだ」に生まれる「結び」は、日本人が古くから大切にしてきた知恵です。
歴史認識の対立を超え、過去から学びながら未来の関係を築く――。
そんな「文明探求」という新しい視点について考えてみました。

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結びは、心と心のあいだに、新しい世界を生み出す。
人と人が出会うだけなら、そこにあるのは「私」と「あなた」という二人だけです。
けれど、言葉を交わし、相手を思い、互いの心が響き合ったとき、その二人の「あいだ」に、それまでなかった何かが生まれます。
それが「結び」です。
たとえば、一人では思いつかなかったアイデアが、誰かとの会話の中で突然生まれることがあります。
一人では乗り越えられなかった悲しみが、誰かがそばにいてくれたことで、明日へ向かう力に変わることもあります。
家庭も、友情も、仕事も、社会も同じです。
大切なのは、「私」と「あなた」の「どちらが正しいか」を決めることではありません。
私の心と、あなたの心。
その二つが向き合い、響き合うことで、「私」だけでも「あなた」だけでもつくれなかった、新しい世界が生まれる。
日本では古くから、これを「むすび」と呼んできました。
結ぶとは、ただつながることではありません。
異なるものが出会い、そこから新しいものが生まれることです。
だから人との出会いには、まだ見えていない未来があります。
けれど現実には、人と人だけでなく、国と国のあいだにも、長い年月の中で壊れてしまった関係があります。
その代表例のひとつが、日韓関係です。
韓国は国民教育で戦前の日本に三奪されたと言い、日本の識者はそのようなことはなかったと頭からこれを否定します。
同様の対立は、ユダヤとアラブ、カトリックとプロテスタント、左派と右派など、あらゆるところに存在します。
これが、Entityを基盤とした歴史観の典型例です。
Entityの歴史観には、
「正しい歴史認識」が存在します。
そして相手を、その正しさに従わせることが目的になります。
結果、最後は勝者と敗者が生まれます。
私は、これでは争いはいつまでも終わらないと思います。
大切なことは、そうした対立や攻撃にあるのではなく、
共にどんな未来を目指していくのかにあるのではないかと思うのです。
それは相手を叩きのめすことではありません。
みんなが笑顔になれる未来です。
私は、この未来志向の姿勢をRelationの歴史観と呼んでいます。
Relationの歴史観では、
異なる歴史認識があるなら、それが生まれた背景を探究します。
互いの違いを理解しながら、未来の関係を築くことを目的にします。
最後は、共に笑顔になれる新しい関係を構築しようとします。
これは、「歴史の結論」を変えるというより、歴史の使い方を変える試みです。
この考え方が伝われば、歴史認識は「相手を打ち負かすため」のものではなく、
「未来を築くために歴史を学ぶ」という姿勢へと変わります。
そしてこの視点は、世界を結ぶ共通言語になり得るものです。
文明探求とは、過去の出来事を現在の対立材料にする学問ではありません。
過去から学び、異なる人々のあいだに新しいRelationを生み出し、未来を設計するための学びです。
何も大言壮語したいのではありません。
では、そのために必要なことは何でしょうか。
今日、誰かと交わすひとことを大事にすること。
誰かに向ける笑顔を大事にすること。
相手の話に耳を傾ける、ほんの少しの時間を大事にすること。
そういう小さな結びの「あいだ」から、
昨日までは存在しなかった、新しい世界が生まれていく。
それが、「結び」の力なのだと思います。
今日も、よい一日を♪
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