事故や事件が起きると、多くの場合、原因究明や責任追及が始まります。それは必要なことです。けれど、それだけで終わってしまったらどうでしょうか。失われた命は戻りません。そして悲劇は、ただの記録として残るだけになってしまいます。そこで沖縄・辺野古で起きたボート転覆事故をきっかけに、「出口設計」という考え方についてお話しします。責任を明らかにすることと、未来を整えることは別です。本当に大切なのは、この出来事から何を学び、どんな未来を残すのか。そんな視点から、問題解決の本質について考えてみたいと思います。

辺野古問題から考える出口設計 〜悲劇を無駄にしないために出口を考える

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沖縄・辺野古で起きたボート転覆事故によって、高校生の尊い命が失われました。
まず何よりも、亡くなられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。

こうした事故が起きると、多くの場合、原因究明や責任追及が始まります。
誰が悪かったのか。
誰に責任があるのか。
もちろん、それは必要なことです。
むしろ責任の所在を明らかにしなければ、再発防止もできません。

けれど私は、その前に考えなければならないことがあると思っています。
それは、
「二度と同じ悲劇を起こさないために、何を整えるべきなのか」
という問いです。

責任を明らかにすることだけでは、亡くなった高校生は戻ってきません。
責任追及が終わったら、それで終わりなのでしょうか。
その命は、ただ事故の記録として残るだけなのでしょうか。

そうではなく、
「あの出来事があったからこそ、より安全な社会ができた」
と言える未来を作らなければならない。
私はそう思います。

1 なぜ私がそう思うのか

実は私は、サラリーマン時代に「社長特命事項調査担当」という仕事をしていました。
通常の組織ラインでは解決できなくなった重大案件を扱う仕事です。

そこで学んだことがあります。

問題そのものを解決することは、案外難しくありません。
権限と意思があれば、結論を出すことはできます。
本当に難しいのは、その後なのです。

責任の押し付け合い。
利害の衝突。
感情的な対立。

そうしたものが積み重なり、本来解決できるはずの問題が、解決できなくなっていく。
そして最後には、誰も前を向けないまま、時間だけが過ぎていく。

だから思うのです。
本当に必要なのは、「誰が悪いのか」だけを問うことではなく、
「この出来事から何を学び、どんな未来を残すのか」
を問うことではないか、と。

その問いを最初から持って動くこと。
それが「出口設計」という考え方です。

2 出口設計とは何か

出口設計とは、簡単に言えば、「最後、どうなるのか」を先に考えることです。
問題の出口を先に共有し、そこから逆算して行動を考える。

問題が起きた。
責任を追及した。
誰かが処分された。
——それで終わりではありません。

本当に目指すべきは、「どんな未来を残すのか」です。

そのために、私は三つの問いを使います。
それが、

「最後、どうなる?」
「壊れない?」
「みんなで前を向ける?」

子どもにもわかる問いです。
では、この三つを辺野古の事故に当てはめてみます。

3 三つの問いで考える

①「最後、どうなる?」

目指すべき出口は、この悲劇を契機に、二度と同じような事故で若者の命が失われない仕組みと対話の場を整えることです。
責任を明らかにすることは大事です。
しかし、その先に社会が変わらなければ意味がありません。

②「壊れない?」

どうすれば現場の安全を守れたのか。
どうすれば同じ事故を防げるのか。
議論はそこへ集中しなければなりません。
現場の警察官も、地域住民も、活動に参加する人も、誰もが安心して日常を送れる社会を守る。
それが「壊れない」ということです。

③「みんなで前を向ける?」

もちろん、高校生の命が失われた事故を前にして、「前を向く」という言葉に違和感を覚える方もいると思います。
私もそうです。
だからここでいう「前を向く」は、悲しみを忘れることではありません。
流された血と涙が無駄ではなかったと、関わった人たち全員が心から納得できる状態を作ることです。

ですから、もし私が出口設計を考えるなら、
まず事故原因を徹底的に検証する。
そして安全対策を共有する。
さらに立場の違う人々が、「安全」という一点について、協力することができる場を作る。
そして、「もう二度と同じ事故は起きない」と言える状態を目指す。

その先にこそ、亡くなった高校生の遺影に対して、
「あなたの犠牲の上に、これほど安全で温かい地域が作られました」
と、全員で報告できる日が来ると思っています。

私は、それが本当の意味での問題解決だと思っています。

4 この問いはどこにでも使える

出口設計は、事故や事件だけのものではありません。
家庭でも、会社でも、人間関係でも、そして国のあり方においても同じです。

問題が起きたとき、人は入口や途中経過ばかりを議論しがちです。
けれど、本当に大切なのは出口です。
最後に何を残すのか。誰が前を向けるのか。未来の子どもたちに何を手渡すのか。

問題解決とは、誰かを打ち負かすことではありません。
悲劇を未来への学びに変えることです。
失われたものを無駄にしないことです。

そして、関わった人たちがいつの日か、
「この出来事があったから、いまがある」
と言える未来を築くことです。

私はこれからも、何か問題が起きたときには、自分自身に問い続けたいと思っています。

「最後、どうなる?」
「壊れない?」
「みんなで前を向ける?」

その問いこそが、出口設計の出発点だからです。

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