再生と希望
立派なお殿様だった吉良上野介

吉良家は、室町幕府の足利家の親戚という高い家柄で、その当主である上野介もたいへん尊敬される立派な人であったから、息子は上杉家に養子に出て上杉藩の殿様になったし、娘は薩摩藩の島津綱貴の妻や津軽藩主の正妻、貴族の大炊御門家に嫁いで、その子は中御門天皇(114代)、桜町天皇(115代)、桃園天皇(116代)の三朝に亘って仕え、正二位・内大臣に進んだ大炊御門経秀(おほいのみかとつねひで)です。

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再生と希望
日本をかっこよくする

6月21日に、新刊著『希望ある日本の再生』が発売されます。
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この本の内容は、ズバリ!最近の講演の内容です。講演はだいたい90分で行われますが、この本は、その4回分の別々なお話が掲載されています。お仕事の関係や遠方にあってなかなか講演会場まで行けないという方、あるいは一度講演を聞いたけれど、もっと聴いてみたいと思われた方々にとっては、およそ6時間分の講演内容がぎっしりと詰まったこの本は、心を明るくし、未来に希望を持てる筆者渾身の著です。
そこで今回は、この本の本文から「日本をかっこよくする」をご紹介しようと思います。
まるで講演会場で直接話を聴いているような不思議な感覚になる文だと思います。

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硫黄島に翻った日章旗

みんな死んでしまいました。だから、このとき、どなたが、なんていう方が日の丸を掲揚してくださったのか。赤黒い血で描いた日の丸は、誰の血だったのか。いまもう誰にもわかりません。けれどこの日、米軍の掲げた星条旗を引きずりおろして、硫黄島に日章旗を高々と掲揚してくれた日本人がいたという事実を、私たちは決して忘れてはならないと思うのです。

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世のため人のため・・・清水次郎長

一昔前の日本では、演歌や浪曲といった大衆芸能でも、人の道や人の生き方がテーマになることが多かったように思います。おそらくそれは、日本人としての生き方、つまり人の道を常に意識する社会文化を、多くの日本人が持っていたからなのではないかと思うのです。
昨今では、個人主義です。自分さえよければいい、いまさえよければそれでいい。人の道よりゼニカネが大事、というのが、昨今の汚染された日本の情況といえるかもしれません。それでは日本が日本でなくなってしまいます。
温故知新とは、古きをたずねて新しきを知るの意です。そういうことをもういちど考え直してみるべきときに、きています。

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朝鮮通信使と柳川一件

江戸時代の朝鮮通信使に関連して起こった対馬藩の事件は「柳川一件」と呼ばれ、学問が空理空論に走ることを戒めた事件として、大切な教訓にされました。どんなに勉強ができたり通訳ができたとしても、「民を靖(やす)んじる」という施政の本義を失ったならば武士ではない。どんなに学問ができようが良い大学を出ようが、一見正しげな理屈を言おうが、国を靖んじ民の安寧を離れては「曲学阿世の徒」でしかないということが、きつく武家のいましめとされたのです。

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日本の覚醒こそが世界を救う

バブル崩壊後の30年、日本経済が停滞していることは、巨視的に見れば、日本が、これまでの世界になかった、まったく新たなステージに向かうための、世界に一歩先んじた試練の時であったと観ることができます。
つまり、日本人の覚醒こそが、世界を救うのです。

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夏目漱石の『草枕』

山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智ちに働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどなり)にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

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山中鹿介の艱難辛苦と未来への希望

山中鹿介を学ぶとき、その豪壮さもさりながら、自分の人生の繁栄より周囲の繁栄を、そして子や孫たちの未来への責任を大切にすることの重要さを感じ取ることができます。たとえ自分の人生が艱難辛苦の連続するものであったとしても、いかなる時代にあったとしても、未来への希望を失わない。そこに山中鹿介のつよさがあるし、日本的精神の根幹があるように思います。

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万寿姫に学ぶ庶民の誇り

法は大切です。けれど法は、人が作ったものです。世の中には法の予定を越えた様々な現象があります。それを裁かなければならなくなったとき、法の前に、わたしたちの国では、神々がどのようにご判断されるのかを考え、そして多くの人にとって、もっとも心にかなう裁定とはどのようなものであるべきなのかを問うてきたのです。そこに日本の知恵があります。
一昔前まで、私たち日本人は、そういうことを小学校4年生で学んだのです。つまりそれは「日本人の常識」であったということです。現代日本とのこれが大きな違いです。

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愛と喜びと幸せと美しさ

日本の水に流すと言う文化は、時の流れや日本的対等感、日本的善悪の基準といった思考が関連しています。

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