「整える」というと、頑張ることや我慢することを思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど本来、「整える」とは、無理を増やすことではなく、無理を減らしていくことです。日本人は昔から、「無理なく続く形」を大切にしてきました。茶道も、武道も、暮らしも、みんなそうです。
今回は、「整えるとは、無理をなくすこと」という言葉を通して、日本人が大切にしてきた“自然に続く形”について考えてみたいと思います。

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「整える」という言葉を聞くと、
きちんと整理整頓したり、
服装を整えたり、
我慢したり、
頑張ったり、
そんなイメージを持つ方が多いかもしれません。
けれど本来「整える」とは、
無理を増やすことではありません。
むしろ逆です。
無理をなくしていくこと。
これが、本来の「整える」です。
たとえば、散らかった部屋の道具類を、
無理やり押し入れに押し込んでも、
一時的には片付いたように見えるかもしれないけれど、
すぐにまた散らかります(笑)。
なぜなら、そこに「無理」があるからです。
物の置き場所が不自然だったり、
動線が悪かったり、
使いづらかったり。
つまり整っていない状態とは、
「どこかに無理がある状態」
なのです。
人間関係も同じです。
無理して笑う。
無理して合わせる。
無理して我慢する。
これらを繰り返していると、
少しずつ心が疲れていきます。
もちろん生きていれば、頑張らなければならない時だってあります。
無理をしなければならない時もあります。
けれど、無理は、ずっと続けられるものではありません。
だから日本人は昔から、
「無理なく続く形」
をとても大切にしてきました。
茶道も、
武道も、
農業も、
暮らしも、
みんなそうです。
力ずくでは続かない。
だから、
少しずつ整える。
日頃から少しずつ余計な無理を減らし、自然に続けられる形へ近づけていく。
それが、日本人のいう「整える」だったのだと思います。
ただし、初心者の頃は別です。
これまでやっていなかったことを始めるのですから、
最初はどうしても力みます。
無理も出ます。
けれど、その力みが少しずつ消え、自然に体が動くようになる。
昔の人は、これを「成った」と言いました。
また、どうしようもない問題が起きるときは、
不思議と、あれもこれも、いっぺんに
いろいろな課題が押し寄せてくるものです。
すると、これはもう、誰だってパニックになる(笑)。
そんなときには、気になるところひとつから、まずは整えて行きます。
いっぺんに全部を解決しようとしない。
掃除と同じです。
小さな一箇所ずつから整えて行く。
いっぺんに全部をやろうとしない。
広い工場の建物内で、山積みになった廃棄物を片付けようとするとき
そのあまりの量に圧倒されて、おもわず逃げたくなることがあります。
無理だ!って思います。
けれど、ひとつひとつを、片付けていくこと数時間。
気がつくと、さっきまで廃棄物の山となってゴミ屋敷状態だった工場内が、
何もないすっきりした状態になります。
うさぎとカメの逸話と同じなのです。
カメの歩みでも、ちょっとずつしっかりとやっていけば、
どんな山でも、片付けることができるのです。
「無理をなくす」とは、何もしないことではありません。
大きなことを、無理なく進められる形に分けていくことでもあります。
東京のお台場は、幕末にペリー提督が黒船でやってきたときに、
急きょ海の中に築かれた砲台跡です。
潮の流れの速い海に、わずか半年で、島を3つも造ってしまいました。
建設重機なんてなかった時代です。
だから全部、モッコを担いで手作業で行われました。
土は、高輪の山を崩して使いました。
だからいま、東京タワーの建っている高輪の山は、山の形が半分しかありません。
人力だけで
「山を崩すなんて」
「海の中に人口の島を造るなんて」
ふつうに考えたら、できっこなさそうです。
でも、やってしまったのです。
最初のひとすくいの土から。
結局、大きなことも、最初は「小さな一歩」から始まるのです。
整うとは、サボることではありません。
怠けることでもありません。
無理なく、自然に、長く続けられる形へ近づいていくこと。
それが、本当の意味での「整える」なのだと思います。
今日も良い一日を♪
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