自分の人生の主人公は、自分です。けれど、目の前の人もまた、その人自身の人生の主人公です。自立とは、自分だけの物語を生きることではなく、それぞれが主人公のまま、互いの物語を大切にすること。二つの物語が出会う「あいだ」から生まれるRelationと、本当の自立について考えます。

_
自分の人生の主人公であるということ
「自分の人生を生きる」という言葉があります。
人の顔色ばかり気にしたり、誰かの期待に応えることだけを考えたりするのではなく、自分で考え、自分で選び、その結果を引き受けながら歩いていく。
それは、自立するうえで、とても大切なことです。
たしかに、自分の人生の主人公は、自分です。
けれど、ここでひとつ、忘れてはならないことがあります。
それは、相手もまた、その人自身の人生の主人公だということです。
私たちは、ともすると自分を中心に世界を見てしまいます。
自分には自分の事情がある。
自分には自分の苦労がある。
自分には自分の願いがある。
もちろん、それはそれでよい。
けれど同じように、目の前にいる人にも、その人にしか見えていない景色があります。
笑っている人にも、そこへ至るまでの物語がある。
不機嫌な人にも、何か理由があるかもしれない。
自分とは違う意見を持つ人にも、その考えに至った経験があります。
自分だけを物語の主人公にしてしまうと、周囲の人たちが、いつの間にか自分にとっての「脇役」になります。
そして、
自分に親切な人は「いい人」、
自分の邪魔をする人は「悪い人」、
自分に賛成する人は「味方」、
反対する人は「敵」になります。
そうなると、世界はすべて「自分にとってどうなのか」で分類されます。
けれど本当の自立は、その場所にはありません。
主人公は、ひとりではない
なるほど、小説や映画なら、主人公はひとりかもしれません。
けれど現実の世界は違います。
何十億人もの主人公が、同時に生きています。
夫には夫の物語があり、妻には妻の物語があります。
親には親の物語があり、子には子の物語があります。
先生にも生徒にも、それぞれの物語があります。
だから、ときには物語と物語がぶつかります。
自分から見れば、「どうしてわかってくれないんだ」となります。
ところが相手もまた「どうしてわかってくれないんだ」と思っているかもしれません。
そんなときに
「どちらが正しいのか」
だけで考えたら、どちらかが勝ち、どちらかが負けることになります。
けれど、ほんの少し観測点を動かして、
「この人の物語から見たら、いまの出来事はどう見えているのだろう」
と考えてみると、それまで「困った人」にしか見えなかった相手と自分との「あいだ」に、
もうひとつの世界が立ち上がってきます。
これは、相手の言うことに従うことではありません。
自分を消す必要さえ、ありません。
自立は、相手に合わせることではありません。
私は私の人生を生きる。
あなたはあなたの人生を生きる。
そのうえで、
では、私たちの「あいだ」に、何を育てることができるだろう。
と考える。
そこに Relation があります。
自立は、孤立ではない
自立というと、「人に頼らず、ひとりで何でもできること」のように思われがちです。
何度も申し上げている通り、人はひとりでは生きられません。
食べ物をつくる人がいて、運ぶ人がいて、売る人がいる。
家族がいて、友人がいて、仕事仲間がいて、名も知らない大勢の人たちがいる。
そうした無数の物語と結ばれながら、私たち自身の物語もつくられています。
だから自立は、世界から切り離された「ひとり」になることではありません。
自分の人生を自分で引き受けながら、
同時に、
他者もまた主人公であることを忘れない。
これができれば、誰かの人生を自分の思い通りに動かそうとする必要もなくなります。
そして、自分もまた、誰かの物語の脇役として生きる必要がなくなります。
それぞれが主人公のまま、互いの物語を大切にする。
「あいだ」にきっとある「新しい物語」を一緒につくっていく。
それこそが、自立した人と人とが結ばれるということなのだと思います。
自立とは、自分の人生の主人公でありながら、誰かの物語も大切にできること。
人生という物語には、主人公が何十億人いても良いのです。
むしろ、そんな主人公たちが、
互いの物語を尊重し、
互いに響き合い、
ひとりだけでは描けなかった未来を築いていく。
そこにこそ、自分が自分の人生の主人公であり続けるヒントがあるのだと、私は信じています。
——今日も良い一日を♪
_
■新刊 大好評発売中
これが私の集大成本です。
『思想の時代は終わった』
https://amzn.to/3P5D0lS

_


