「誰が悪いのか」と考えれば、世界は善玉と悪玉に分かれて見えます。けれど、「なぜそうしたのか」「あいだに何が起きたのか」「ここからどんな未来をつくるのか」と窓を変えれば、同じ出来事から別の景色が見えてきます。善悪を曖昧にするのではなく、善悪を入口にして世界を見る観測点を増やしてみる。『古事記』の那賀須泥毘古の物語も交えながら、「善悪を考える」ことの意味を考えます。

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善悪は、世界を見るひとつの窓かもしれない。でも、窓ひとつだけで世界のすべてを決めなくてもいい。
私たちは、何か問題が起きると、つい「どっちが悪いの?」と考えがちです。
子ども同士がケンカをしたときもそうです。
会社でトラブルが起きたときもそうです。
夫婦や友人のあいだで行き違いが起きたときもそうです。
そして社会で大きな事件が起きたときにも、たいてい「誰が悪いのか」と悪人探しが始まり、「どちらが正しいのか」という議論になります。
それらが不要だという話ではありません。
人を傷つけてはいけない。
人のものを盗んでもいけない。
約束を破ることも、いけないことです。
そうした善悪の基準があるからこそ、私たちは安心して社会を営むことができます。
ただ、少しだけ観測点を動かしてみたいのです。
たとえば、家の中から外を見るとき、窓がひとつしかなかったらどうでしょう。
その窓からは、庭の木や青い空、道を歩いている人が見えるかもしれない。
それは間違いなく「外の世界」です。
けれど、それが外の世界のすべてでしょうか。
反対側の窓を開ければ、そこには山が見えるかもしれない。
二階の窓から見れば、遠くの街まで見えるかもしれない。
玄関を出て歩いてみれば、窓からは見えなかった景色が広がっているかもしれません。
どの景色も嘘ではありません。
ただ、ひとつの窓から見える景色が、世界のすべてではないと申し上げたいのです。
善悪も、それと少し似ているように思います。
誰かが、ひどいことを言った。
「そんなことを言うなんて、悪い人だ」というのもひとつの見方です。
けれど、別の窓を開けてみれば、
「どうして、あの人はそんなことを言ったのだろう」という問いが生まれるかもしれません。
すると、その人が何を怖れ、何を守ろうとし、あるいは何を変えようとしていたのかが見えてくるかもしれません。
さらに別の窓を開けてみると、
「お互いのあいだに、それまで何が起きていたのだろう」という問いが生まれるかもしれません。
すると、長いあいだ積み重なってきた誤解や行き違いが見えてくるかもしれません。
さらに、「このままでは、明日からどうなるのだろう」という窓を開けてみると、
今度は、「誰が悪いか」ではなく、「では、これからどうすればいいのか」という景色が見えてくるかもしれません。
窓が変われば、問いも変わるのです。
善悪の窓から見れば、「誰が悪いのか」という問いが生まれます。
Relationの窓から見れば、「二人のあいだに何が起きているのか」という問いが生まれます。
時間という窓から見れば、「どうして、ここに至ったのか」という問いが生まれます。
そして出口設計(Exit Design)の窓から見れば、「ここから、どんな未来をつくるのか」という問いが生まれます。
どれかひとつだけが正しくて、ほかが間違っているわけではありません。
善悪という窓も必要です。
けれど、それだけで世界を見ることを終えてしまうのは、少し勿体ないように思うのです。
だから、もうひとつの窓を開けてみる。
すると、それまで「悪い人」にしか見えなかった相手が、別の姿を見せるかもしれない。
ドラマなら、主人公が善玉で、その敵が悪玉です。
けれど、それはショーの世界のことです。
ショーは、観客に「そのように見える」ように組み立てられています。
たとえば、明治天皇の御事績を記念して建てられた東京・明治神宮外苑の聖徳記念絵画館は、戦後、特撮テレビドラマ『快傑ハリマオ』で、敵方の施設として撮影に使われたことで知られています。
また、東京都多摩市連光寺にある旧多摩聖蹟記念館は、明治天皇の行幸を記念して昭和5年に建てられた歴史的建造物です。
ところが戦後、この建物も『仮面ライダー』シリーズなどで、ショッカーやゲルショッカー側の施設として撮影に用いられました。
ドラマの世界として見れば、それはいまなおファンから親しまれる「聖地」です。
しかし、我が国の歴史を大切にし、明治天皇をご尊敬申し上げる立場から見れば、まったく別の感情が生まれるでしょう。
立つ場所が変われば、同じものでも見え方は変わるのです。
近年では聖徳記念絵画館周辺は、アニメーション映画『君の名は。』に登場する風景としても知られるようになりました。
同じ場所です。
けれど、ある作品では「敵方の建物」に見え、別の作品では青春の風景になる。
そして歴史という窓から見れば、明治という時代を記念する大切な場所になります。
建物そのものが変わったわけではありません。
観測点が変わったのです。
悪い行為を許そうという話ではありません。
善悪を曖昧にしたいわけでもありません。
しかし、行為を善悪二元論だけで測り、その人や、その人とのRelationのすべてを「悪」の一文字で決めてしまうことは、あまりにも世界を単純化しすぎてはいないでしょうか。
そして実は、このことは歴史を見るときに、とても大切な視点になります。
歴史上の人物を、「善人だった」「悪人だった」と単純化すれば、歴史はとても簡単になります。
けれど、その瞬間に、その人物が生きていた時代の空気や、置かれていた立場、人との関係、限られていた選択肢、迷いや葛藤などが見えなくなってしまいます。
だから歴史を考えるとき、私はときどき窓、つまり観測点を変えてみます。
この人からは、世界はどう見えていたのだろう。
相手からは、どう見えていたのだろう。
庶民からは、どうだったのだろう。
百年後から見ると、どうなのだろう。
そして、その出来事のあと、人々はどう生きていったのだろう。
窓を増やすほど、単純だった世界が少しずつ立体になっていきます。
『古事記』に登場する那賀須泥毘古(なかすねひこ)も、そのひとりです。
神武天皇の東征に立ちはだかり、戦いを挑み、神武天皇の兄・五瀬命(いつせのみこと)は、その戦いで受けた矢傷がもとで亡くなります。
ここだけを切り取れば、那賀須泥毘古は神武天皇に敵対する「悪役」に見えます。
ところが、窓を少し動かしてみます。
『古事記』には、那賀須泥毘古の妹・登美夜毘売(とみやびめ)が邇芸速日命(にぎはやひのみこと)とのあいだに宇摩志麻遅命(うましまぢのみこと)を生み、その宇摩志麻遅命が物部連・穂積臣・采女臣らの祖となったことが記されています。
つまり那賀須泥毘古の一族につながる血脈は、神武天皇との戦いですべて断ち切られたのではありません。
新しい時代のなかへと結ばれ、その後の日本を支える大豪族へとつながっていったのです。
さらに奈良・富雄には、那賀須泥毘古をめぐる興味深い伝承が残されています。
添御縣坐神社には、那賀須泥毘古の死を悼んで「祠」が建てられたことが、それまでの自然物信仰から、のちの「社殿を持つ神社」へとつながっていったという地域伝承があります。
史書に記された系譜と、地域に受け継がれてきた伝承。
その両方から眺めてみると、神武天皇に敵対した「悪役」という一枚の絵だけでは捉えきれない那賀須泥毘古の姿が浮かび上がってきます。
観測点が変わることで、同じ人物から、まったく別の姿が見えてくるのです。
子どものころには、世界は善玉と悪玉だけの単純なものに見えたかもしれません。
けれど、大人になれば、世界がそんな単純なものではないことに、誰もが気づきます。
正しいと信じた。 だけど、それによって人を傷つけてしまった。
間違っていると思った。 だけど後になって、そこに事情があることに気づいた。
善意で始めた。 ところが、思わぬ結果になってしまった。
それどころか、こちらの善意を悪意として受け取られてしまった。
よくあることです。
反対に、失敗したことが、後になって大切な学びになることもあります。
世界は一枚ではないから、おもしろい。
善悪という観測点は、世界を見るための大切な窓のひとつです。
けれど、その窓から見える景色だけで、世界のすべてを決めなくてもいい。
「誰が悪い?」と思ったとき、ほんの少しだけ立ち止まって、隣の窓も開けてみる。
なぜ、そうしたのだろう。
あいだに、何が起きているのだろう。
そして、ここから、どんな未来をつくるのだろう。
窓がひとつ増えるたびに、世界は少し広くなります。
もしかすると「善悪を考える」ということは、善と悪を急いで決めることではなく、
「世界を見る窓を増やしていくこと」なのかもしれません。
今日もまた、ひとつ新しい窓を開けてみたいと思います。
善悪は、答えを出すためのテーマではない。
善悪を入口にして、観測点を増やすためのテーマである。
——今日も良い一日を♪
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