未来がどうなるのか、誰にもわかりません。仕事、暮らし、家族、社会。先が見えないときほど、私たちは不安になり、答えを外に求めたくなります。けれど、未来を予測できないことと、未来に向かって何もできないことは違います。何が起きるかは選べなくても、その出来事にどう向き合うかは選べるからです。今回は、新垣結衣さんが主演したドラマ『空飛ぶ広報室』の物語も手がかりに、不確かな未来にも持っていける「姿勢」について考えてみます。

今日のひとこと・未来が見えないときほど、「何が起きるだろう」より「自分はどうありたいだろう」と問う。姿勢は、不確かな未来にも持っていける。

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未来が見えないときほど、「何が起きるだろう」より「自分はどうありたいだろう」と問う。姿勢は、不確かな未来にも持っていける。

第一章 未来が見えない不安

私たちは、先のことがわからないと、不安になります。

明日の仕事はどうなるだろう。
いまの暮らしは、この先も続けられるだろうか。
家族は元気でいてくれるだろうか。
社会は、これからどのように変わっていくのだろうか。

考え始めれば、心配の種はいくらでも出てきます。

しかも現代は、毎日のように新しい情報が流れてきます。
景気が悪くなるかもしれない。
大きな災害が起きるかもしれない。
AIによって仕事がなくなるかもしれない。
世界のどこかで争いが広がるかもしれない。

もちろん、そうした情報を知ることは大切です。
けれど、情報を集めれば集めるほど、未来がはっきり見えるようになるかといえば、必ずしもそうではありません。
むしろ、いくつもの可能性が見えてくることで、かえって何をしたらよいのかわからなくなることもあります。

ここで、ひとつ考えてみたいのです。
「未来が見えないことと、
 未来に向かって何もできないことは、同じなのか」

という問いです。

第二章 未来を当てること、未来をつくること

2013年に公開された「空飛ぶ広報室」というテレビドラマ・シリーズがありました。
航空自衛官と、テレビ局のディレクターの恋愛ドラマですが、航空自衛隊の社会性を色濃く打ち出したドラマともなっていました。
このドラマで、主人公の新垣結衣さんと、航空自衛官の空井大祐は両想いの恋人となるのですが、
「明日、逢おうね」と約束した、その明日、東日本大震災が起きます。
互いに想いを寄せながらも、震災によって離ればなれになってしまいます。

たいへん感動的なドラマで、ご覧になられた方もおいでと思います。
いまはU-NEXTで観ることができます。

もちろん、ドラマは架空の話ですが、明日がどのような一日になるのかは、誰にもわかりません。
天気が悪くなるかもしれないし、交通機関が遅れるかもしれない。
どちらかの都合が変わるかもしれない。
どれほど予定を立てても、予定通りになる保証はないのです。

では、何もできないのでしょうか。
そんなことはありません。

相手に気持ちよく過ごしてもらいたい。
約束を大切にしたい。
何かあっても、相手を責めるより先に事情を聞こう。
そうした自分の姿勢は、今日のうちに決めておくことができます。

明日の天気は選べません。
相手の行動も選べません。
けれど、明日を迎える自分の姿勢は選べます。
そして、その姿勢によって、同じ出来事でも、その先の展開は変わります。

雨が降ったとき、「せっかくの予定が台無しだ」と怒ることもできます。
反対に、「雨の日だからこそ楽しめることはないかな」と考えることもできます。

起きた出来事は同じです。
けれど、その出来事との向き合い方が変われば、その先に生まれるものも変わってきます。
未来を当てることと、未来をつくることは違うのです。

第三章 姿勢は気分のことではない

ここでいう「姿勢」は、いつも明るく元気でいることではありません。
不安になってはいけない、ということでもありません。
人間ですから、心配になる日もあれば、へこむ日だってあります。
腹が立つことも、悲しくなることもあります。
けれど大切なことは、その感情を抱えながら、自分がどう行動するかだと思います。

たとえば、仕事で失敗する。
失敗は、もう変えられません。
だれかのせいにすることもできます。
自分には向いていないと投げ出すこともできます。

けれど、もうひとつの選択があります。
何が原因だったのだろう。
誰かに迷惑をかけていないだろうか。
いまからできることは何だろう。
次はどうすれば、もっと良くできるだろう。

そう考えて、一つずつ行動していく。
これが「姿勢」です。

姿勢は、単に気持ちを前向きにすることではありません。
 起きた出来事に、
 自分がどう向き合い、
 何を選び、
 どう行動するか。

その基本となる立ち位置のことです。

未来は見えません。
しかし立ち位置は、自分で決めることができます。

第四章 姿勢は、自分を縛るものではない

もうひとつ大切なことがあります。
姿勢を定めることと、自分の考えに固執することは違う、ということです。

たとえば、「自分は約束を大切にする人間でありたい」と決めたとします。
だからといって、どのような事情があっても、最初に決めた予定を絶対に変更してはいけない、ということではありません。

相手が病気になったなら、予定を変更することもあるでしょう。
家族に急な事情ができたなら、そちらを優先することもあるでしょう。

約束を大切にするという姿勢は変わっていません。
むしろ、相手を大切にするからこそ、予定を変えることもあります。

ここに「姿勢」と「方法」の違いがあります。

方法は、状況に応じて変えてよい。
けれど、何を大切にしたいのかという姿勢は手放さない。

この違いを知っていると、不確かな未来にも、柔軟に向き合いやすくなります。

自分の考えだけを押し通そうとすると、思い通りにならない現実にぶつかったとき、苦しくなります。
けれど、自分の姿勢が定まっていれば、方法を変えることは敗北ではありません。
それは、大切なものを守るための、新しい選択になるからです。

第五章 自立とは、誰にも頼らないことではない

未来が不確かなとき、人は誰かに答えを求めたくなります。
専門家の予測、ニュースの解説、経験豊富な人の助言、あるいは最近ではAIの回答。
それらを参考にすることは大切です。

知らなかったことを知り、自分にはなかった観測点を得ることができるからです。
けれど、どれほど優れた助言であっても、それが自分の人生の答えになるとは限りません。
なぜなら、最後にその選択を生きるのは、自分自身だからです。

誰かに教わることと、誰かに人生を決めてもらうことは違います。
ここに「自立」という考え方があります。

自立とは、誰にも頼らず、何でも一人でできるようになることではありません。
人の助けを借りてもいいのです。
相談してもいいのです。
誰かに支えてもらってもいいのです。
そのうえで、自分が何を大切にし、どのように生きるのかを、自分で選ぶ。
そして、選んだことに責任を持って生きていく。

それが自立です。

未来が見えないときほど、この自立の姿勢が大切になります。
なぜなら、予測が外れたときでも、自分で考え、選び直すことができるからです。

大手メディアもSNSも、不安を駆り立てます。
怒りや不安のエネルギーは強い。
だから、そういうものはバズるし、視聴率を上げます。
現代社会は、不思議な社会で、不安や怒りをあおる情報ほど注目を集め、収益につながりやすい仕組みがあります。

けれど、それによって、どれだけ不安を感じ、どれだけ怒りを感じても、最後に自分の人生を決めるのは自分です。

他人が駆り立てる不安や怒りに流されるのか、自分で道を開くのか。
選択するのは自分です。

第六章 姿勢がRelationを変えていく

そしてここに、もうひとつの大切なことがあります。
私たちは、一人で未来を生きていくわけではない、ということです。
家族がいて、友人がいて、職場の仲間がいて、地域の人々がいます。
それぞれに事情があり、考え方があり、願いがあります。

未来が不確かになると、人はどうしても、自分の身だけを守ることに意識が向きがちです。
その結果、相手を疑ったり、責めたり、誰かに正解を求めたりしてしまうことがあります。

けれど、そんなときこそ、ひとつの問いを置いてみたいのです。

「この人とのあいだに、どのような関係をつくりたいのだろう」

相手に勝ちたいのか。
相手を従わせたいのか。
それとも、互いに安心して暮らせる関係をつくりたいのか。
どの姿勢を選ぶかによって、相手にかける言葉も変わります。

言葉が変われば、行動が変わります。
行動が変われば、相手との関係も少しずつ変わっていくことがあります。
その相手との関係の『あいだ』に生まれ、育っていくもの。
それがRelationです。

もちろん、こちらが誠実に接したからといって、必ず相手も誠実に応じてくれるとは限りません。
ときには距離を置くことが必要な関係もあります。

それでも、自分はどのような関係を大切にしたいのかという「姿勢は、自分で選ぶことができる」のです。

未来を一人で支配することはできなくても、未来に向かう人と人との「あいだ」に、何を持ち寄るかは選ぶことができるのです。

第七章 不確かな未来にも、持っていけるもの

私たちは、未来に何が起きるのかを、完全に知ることはできません。
どれほど準備をしても、予想外の出来事は起こります。
だからといって、何も考えずに成り行きに任せればよいということでもありません。
必要な情報を集め、できる限りの準備をし、危険に備え、問題が起きれば、原因を調べます。

けれど、どれほど準備を重ねても、最後まで残る不確実さがあります。

そこで必要になるのが、「自分はどうありたいのか」という問いです。

 誠実でありたい。
 人を大切にしたい。
 困難なときにも、誰かを責めるだけで終わりたくない。
 失敗から学べる人でありたい。
 次の世代に、少しでも良いものを手渡したい。

どれも、未来を予言する言葉ではありません。
けれど、未来に持っていくことができるものです。

ここに、出口設計の意味もあります。

出口設計は、未来を思い通りに支配するための設計図ではありません。
最後に、どのような状態を実現したいのか。
そのために、いま何を大切にして、どのように行動するのかを考えることです。

未来が見えないから、何も決められないのではありません。
未来が見えないからこそ、まず自分の姿勢を定める。
そして、状況が変われば、方法を考え直す。
失敗したなら学び直す。
誰かの助けが必要なら、素直に手を借りる。

そうして、自分で選びながら、人と結ばれながら、少しずつ未来をつくっていく。

未来がどうなるかなんて、誰にもわからないことです。
ただ、ひとつだけはっきりしていることがあります。
それは、まだ見ぬ未来に向かって、いま、自分が生きているという事実です。
その未来を、どのような姿勢で迎えたいのかは、今日、決めることができます。

未来が見えないときほど、「何が起きるだろう」より「自分はどうありたいだろう」と問う。

姿勢は、不確かな未来にも持っていける根幹です。
そして、その姿勢こそが、まだ見ぬ未来を、少しずつ良いものに変えていく力になるのだと思っています。

方法は、状況に応じて変えてよい。
けれど、何を大切にしたいのかという姿勢は手放さない。

——今日も良い一日を♪

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