未来に何が起こるかは、誰にもわかりません。だからこそ必要なのが、最悪の事態を想定し、日頃から備えておくことです。日本人が歴史の中で培ってきた備えの智慧。そして、実際の非常事態対応の現場で見えてきた「安心が人を前向きに変える」という経験。最悪に備えることは、決して後ろ向きな行為ではありません。安心という土台があるからこそ、人は互いに結ばれ、希望ある未来をつくることができるのです。

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最悪に備えることは、未来を恐れることではない。安心という土台を築き、その上に、望ましい未来を描くこと。それが出口設計の第一歩。
第一章 未来を恐れるより、未来に備える
「これから先、どうなるのだろう?」
私たちは日々、そんなことを考えながら暮らしています。
景気はどうなるのか。日本はどうなるのか。子供たちの将来はどうなるのか。自分の仕事や暮らしは、これからどうなっていくのか。
先日、細野豪志防災庁設置準備担当大臣が、11月2日の防災庁発足にあわせて、国民に食料や水などの備蓄を求める「緊急要請」を出す方針を明らかにしました。
すると、ネット上では、
「第三次世界大戦が始まるのではないか」
「大地震が来るのではないか」
といった憶測が飛び交いました。
しかし、実際に発表されたのは、11月2日に発足する防災庁が、その初日に国民や自治体などに防災対策の強化を要請するという方針です。
家庭については、水や食料、携帯トイレなどを最低3日分、できれば1週間分、備蓄するよう呼びかけるというものです。
11月2日に何か特定の災害が起こると発表されたわけではありません。
もちろん、実際に何が起こるのか、あるいは何も起こらないのかは、誰にもわかりません。
けれど、ここで考えてみたいことがあります。
それは、
未来に何が起こるかを心配することと、
未来に何が起きても困らないように備えることは、
まったく違う
ということです。
地震が起きるかどうかを心配するだけなら、不安は大きくなるばかりです。
けれど、水や食料、携帯トイレなどを備蓄し、家族との連絡方法や避難経路を確認しておけば、万一のときに取れる行動が増えます。
各家庭には、カセットコンロや燃料、常備薬、生理用品や乳幼児用品、介護用品など、それぞれの事情に応じた備えも必要でしょう。
自動車をお持ちなら、燃料を十分に確保する習慣も役立ちます。
こうした備えは、何か特別な事件が起こると噂になったときだけ行うものではありません。
普段から、少し多めに買い置きし、使った分だけ補充する。
そのような習慣こそが、いざというときに力を発揮します。
たいせつなことは、「何が起こるのか」と怯えることではありません。
何が起きても、被害をできるだけ小さくできるようにしておく、「日頃からの備え」です。
第二章 日本人が受け継いできた「備え」の智慧
歴史を振り返ると、備えることの大切さがよくわかります。
先の大戦では、日本は資源の確保に大きな困難を抱えました。
昭和16(1941)年の対米開戦に至る背景の一つには、米英蘭による対日石油禁輸がありました。
国内で十分な石油を確保できない日本にとって、海外からの供給が途絶えることは、国家の存立に関わる重大な問題でした。
そして戦争が長期化すると、食料や生活物資も不足し、国民生活は大きな困難に直面しました。
終戦後も、人々は深刻な食料不足に苦しみました。
こうした歴史に学ぶなら、国として食料やエネルギーの長期的な備蓄と安定供給を考えることは、二度と戦争の悲惨を繰り返さないための、極めて重要な国民的課題です。
数日先だけではなく、十年先までの危機を視野に入れて、国をあげて備える。
それくらいの長期的な構えがあってよいと思います。
そもそも日本では、古くから米が大切にされてきました。
米は単なる食料ではありません。
年貢として納められ、社会や経済を支える重要な財でもありました。
江戸時代には、飢饉に備えて米や籾を蓄える「囲米」「囲籾」、村々で穀物を備蓄する「社倉」などの制度がありました。
いざ凶作になったとき、人々が飢えずに済むようにするためです。
もちろん、これらの制度があったからといって、すべての飢饉を防げたわけではありません。
実際、江戸時代にも大きな飢饉が幾度も起きています。
けれど、そのたびに人々は、どうすれば次の危機に備えられるのかを考え、制度を改め、備蓄の仕組みを工夫してきました。
ここに、日本人が積み重ねてきた歴史の智慧があります。
備えるということは、危険があると知りながら、何もしないで待つことではありません。
危険があるからこそ、あらかじめ手を打っておくことです。
第三章 江戸の大火が教えてくれること
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があります。
江戸時代の江戸は、たいへん火事の多い町でした。
徳川幕府が続いた約260年余りの間に、記録に残る大火だけでも200件以上あったとされています。
では、江戸に並ぶ大都市であった大坂はどうだったのでしょうか。
大坂にも、大きな火事がありました。
とりわけ有名なのが、享保9(1724)年の「妙知焼け」、天保8(1837)年の「大塩焼け」、文久3(1863)年の「新町焼け」です。
これらは「大坂三度の大火」として知られています。
もちろん江戸と大坂では、気候も風向きも、町の構造も違いますから、火災の回数だけを単純に比較することはできません。
江戸で大火が多かった背景には、乾燥した気候、強い季節風、木造家屋の密集など、さまざまな事情がありました。
では、江戸の人々は、火災の危険を前に、ただ諦めて暮らしていたのでしょうか。
そうではありません。
幕府は、大名火消や定火消、さらには町火消といった消防の仕組みを整えました。
また、延焼を防ぐための火除地を設け、防火のための町づくりも進めました。
もちろん、それでも大火を完全になくすことはできません。
けれど、人々は、火事の起こりやすい町であることを前提に、どうすれば被害を減らせるのかを考え続けたのです。
これは、お米の備蓄と同じ発想です。
飢饉が起こらないことを願うだけではなく、飢饉が起きても人々を救えるように備える。
火事が起こらないことを願うだけではなく、火事が起きても被害を小さくできるように備える。
災いを予想するだけではなく、災いが起こったときに人々の暮らしを守れるようにしておく。
これが、歴史の中で育まれてきた、日本人の備えの智慧です。
そして、この考え方には、現代にも通じる大切な意味があります。
備えがあるから、危機に直面しても、次の行動を選ぶ余地が生まれるのです。
第四章 未来は、ただやってくるものなのか
ここで、時間の流れについて考えてみます。
私たちは普通、時間を過去から現在、そして未来へと流れるものとして考えます。
過去に何が起こったのか。
現在、何が起きているのか。
だから、未来には何が起こるのか。
これが一般的な未来予測の考え方です。
けれど、日本語には、もう一つおもしろい見方があります。
「未来」は、いまだ来たらず。
「現在」は、いま現に在る。
「過去」は、過ぎ去ったもの。
こうして言葉を眺めてみると、時間を、未来から現在へ、そして過去へと流れ去る川のように捉えることができます。
未来が現在へとやってきて、過去へと流れ去っていく。
「過去は水に流す」という言葉も、そんな時間の流れを思い浮かべると、どこか味わい深く感じられます。
もちろん、これは言葉から時間の姿を考える一つの見方です。
ここで大切なことは、時間が実際にどちらへ流れているのかということではありません。
未来を、ただ待っているだけのものとして考えなくてもよいということです。
たとえば、明日の天気は自分の力で変えることができません。
けれど、雨が降るとわかっていれば、傘を持って出かけることはできます。
大雨になりそうなら、外出を控えることもできます。
つまり、未来に起こる出来事そのものを変えられなくても、その出来事にどう向き合うかは、私たちが選べるのです。
では、もう一歩進めてみましょう。
「これから何が起こるのだろう?」という問いを、
「最後に、どんな景色を残したい?」という問いに変えてみるのです。
すると、未来との向き合い方が変わります。
起こることを待つだけではなく、望ましい結果に向けて、いま何をするのかを考え始めます。
ここに、出口設計(Exit Design)の考え方があります。
第五章 安心があるから、望ましい未来を描ける
たとえば、家族で旅行に出かけるとします。
行き先を決め、宿を予約し、観光する場所を調べる。
おいしいものを食べたい。
有名な景色も見たい。
せっかくだから、あれもこれも体験したい。
ところが、予定を詰め込みすぎると、どうなるでしょうか。
朝から晩まで移動の連続。
子供は疲れてぐずり始める。
お父さんもお母さんも、だんだん不機嫌になる。
せっかくの旅行なのに、いつの間にか、予定をこなすことが目的になってしまいます。
では、出発前に、こんな問いを置いていたらどうでしょうか。
「旅行から帰ってきた夜、家族がどんな顔をしていたら嬉しいだろう?」
それはきっと、家族みんなが笑顔で、「楽しかったね」「また行きたいね」と話している景色ではないでしょうか。
そう考えると、旅行の計画そのものが変わります。
観光地を一つ減らしてもいい。
途中でゆっくり休んでもいい。
子供が喜ぶ場所を一つ増やしてもいい。
何をしたかという実績よりも、最後に何が残るか。
そこに観測点を移すことで、旅行の組み立て方が変わるのです。
ただしここに、大切な前提があります。
「家族が無事に帰ってこられる」ということです。
どんなに楽しい旅行でも、交通事故に遭ったり、無理な日程で体調を崩したりしては、元も子もありません。
だから、出発前に車の点検をする。
天候を調べる。
無理のない日程を組む。
何かあったときのために、必要なものを用意しておく。
そのような備えがあって、はじめて、家族みんなが笑顔で帰宅するという出口を、安心して目指せるのです。
つまり、出口設計には、二つの働きがあるのです。
ひとつは、望ましくない事態に備えること。
もうひとつは、最も望ましい結果を描くこと。
どちらか一方だけでは足りません。
危険への備えばかり考えていたら、人生は不安に支配されてしまいます。
反対に、理想ばかり描いていて、危険に何も備えていなければ、思いがけない出来事によって、すべてが崩れてしまいます。
だから「備える」のです。
そのうえで、最後に残したい景色を描く。
この二つが結ばれて、出口設計は、はじめて現実のものになります。
第六章 最悪に備え、最善の未来をつくる
これまで、出口設計について、
「最後に、どうしたい?」
「壊れない?」
「みんな笑顔になれる?」
という三つの問いを申し上げてきました。
これらは、いまも変わらず、大切な問いです。
けれど、その前に、もう一つ必要なことがあります。
それが「最悪の事態に備えておくこと」です。
これは、覚悟であると同時に、具体的な準備でもあります。
災害への備えなら、食料や水の備蓄、避難経路の確認、家族との連絡方法を決めておくこと。
仕事なら、不測の事態に備えた資金や、代わりの手段を確保しておくこと。
人間関係なら、相手との関係がうまくいかなくなったときにも、自分や家族の安全と尊厳を守れるように距離をとること。
最悪に備えるということは、何があっても絶対に大丈夫になるという意味ではありません。
未来のすべてを予測することはできないからです。
けれど、十分に備えておけば、危機に直面したときにも、被害を減らし、次の一歩を選べる可能性が高まります。
そしてそのことは、未来の選択肢を守ることでもあります。
若い頃、ある会社で「社長特命事項調査担当」という仕事をしていたことがあります。
通常の組織では対応しきれないような、非常事態への対応を任される仕事でした。
そのとき、常に心がけていたことがあります。
それが、「まず最悪の事態を想定し、それに備えること」でした。
何が起こり得るのか。
最悪の場合、どこまで事態が悪化するのか。
そうなったとき、どうすればよいのか。
これらを徹底して考え、必要な対策を整えておくのです。
すると、不思議なことが起こります。
それまで不安に包まれていた現場に「安心」が生まれるのです。
「万一、最悪の事態になっても、対応する手立てがある」
そうわかると、人々の表情が変わります。
それまで不安や、目の前の危機への対応に向けられていた意識が、「では、どうすれば事態を良くできるだろう」という方向に変わっていくのです。
そして、一人ひとりが前向きになり、互いに知恵を出し合い、協力し始める。
そこで学んだことは、
備えとは、単に危険を防ぐためのものではなく、
人々に安心をもたらし、前向きに行動する力を生み出すものだ
ということでした。
最悪に備える。
すると、安心が生まれる。
安心が生まれると、人が前向きになる。
人が前向きになると、互いに知恵を出し合い、協力できるようになる。
そして、そこから、望ましい未来を実現するための道が開けてくるのです。
つまり、
安心とは、ただ心配がなくなることではありません。
人が自立し、互いに結ばれ、未来に向かって行動するための土台なのです。
これは、国づくりでも同じです。
国民の生命と暮らしを守るために、食料や資源を確保する。
防災体制を整える。
安全保障を確かなものにする。
そのうえで、子供たちが安心して育ち、若者が希望を持ち、お年寄りが穏やかに暮らせる社会を目指す。
国を守ることと、良い国をつくることは、別々の話ではありません。
守るべきものがあるからこそ、備える。
備えがあるからこそ、安心が生まれる。
安心があるからこそ、人々は前向きになり、互いに協力して、より良い未来をつくることができるのです。
私たちは、未来に何が起こるのかを、すべて知ることはできません。
けれど、何が起きても、大切なものを守れるように備えることはできます。
そして、そのうえで、どんな未来を残したいのかを考えることができます。
最悪に備える。
安心を生み出す。
そして、みんなで最善の未来をつくる。
未来を恐れて待つのではなく、未来を迎える準備を整えながら、望ましい未来へと歩いていく。
安心という土台の上に、人と人が結ばれ、希望という未来を築いていく。
それが、出口設計(Exit Design)です。
——今日も良い一日を♪
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