「自立」とは、誰にも頼らずに生きることではありません。人は多くの人に支えられて生きています。その上で、自分の人生をどう選び、どのような責任を引き受けるのか。その姿勢こそが、本当の自立です。そして、この考え方は個人だけではなく、国家にも当てはまります。戦後日本の統治構造を振り返りながら、「自分で決め、自分で責任を負う」とは何かを考えます。個人の自立と国家の自立、その関係を通して、未来への新たな一歩を探る文明探求です。

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自立は、ひとりで立つことではない。自分の一歩を自分で選ぶこと。
8月になりました。
「自立」と聞くと、多くの人は「誰にも頼らずに生きること」を思い浮かべます。
もちろん、自分でできることを増やしていくことは大切です。
けれど、あたりまえのことですが、人は一人だけで生きているわけではありません。
家族に支えられ、友人に励まされ、先人たちが残してくれた知恵や技術に助けられ、社会のさまざまな人々のおかげで今日という日を生きています。
もし本当に誰の助けも受けずに生きようとしたら、水一杯飲むことさえ難しいでしょう。
だから、自立とは「ひとりで立つこと」ではありません。
「自分の一歩を、自分で選ぶこと」です。
人には、どうしても自分で選べないことがあります。
たとえば、
どんな環境に生まれたか。
どんな出来事に出会ったか。
それらは、自分で選べることではありません。
けれど、そこから自分がどう考え、どの道を選ぶのか。
その選択は、自分ですることです。
そしてここで大切になることが、
「自分で選んだことの責任は、自分にある」という自覚です。
このことは、実は個人だけでなく、国家にもそのまま当てはまります。
「あいつが悪い、こいつが悪い」と、いまの不満を誰かのせいにすることはたやすいです。
時代のせいにすることもできます。
運命のせいにすることもできます。
しかし、それでは人生のハンドルを、いつまでも他人に預けたままです。
日本という国も同じです。
戦後の日本は、米軍によって占領統治されました。
その占領下で、日本国民服務規程として「The Constitution of Japan. 」として与えられた英文を日本語訳したものが、日本国憲法です。
その日本国憲法では、三権分立が定められています。
戦後の学校教育では、この三権分立こそが権力の暴走を許さない世界最先端の素晴らしい規程だと教えられます。
けれど、ものすごく単純化して言うと、この三権分立の上に、かつては占領軍によるGHQ(General Headquarters)があったのです。
そしてそのGHQが権力の本体だったから、その下に置かれた日本国政府は三権が分立して、日本人が日本の政府機構で権力を発揮することができないようにされたのです。
昭和27年にGHQが解散になりました。
ところがこうなると困るのが日本です。
政府は、本来、国民によって運営される権力機構(レジウム・Regime)です。
ところが三権が分立していて、何も決めることができない。
考えて下さい。
日本は法治国家であり、その法律は立法府である国会が決めることになっています。
けれどその国会には、衆参両院合わせて713人の国会議員がいて、ひとりひとりの議員には、法案を調べあげ、他の法律や、政令通達、全国の地方自治体の条例を精査するだけの機能がありません。
法律というのは、様々な法律が複雑に絡み合って出来ています。
特に行政法や経済法などは、他の法律の引用が多数行われ、そのひとつひとつに政令や通達が多数発効されています。
ですから、ひとつの法律を改正するためには、ほんとうにものすごくたくさんの関連法規を精査していかなければならないのです。
けれど、ひとりひとりの議員は、それができるだけの組織を持ちません。
ということは、話を単純化すれば、国会は立法府と言いながら、実は採決権しか持っていないのと同じことです。
では、法案はどこが作り、どこがこれを精査するのかと言えば、巨大な組織を持つ行政府、つまり内閣にしかこれをすることができない。
こうなると、行政府にとって都合の良い法律しか、そもそも審議の対象にならない。
国民にとって都合のよい法律ではなく、行政にとって都合が良い法律しかできないとなると、国会は当然反発します。
つまり、行政府と立法府が対立関係になる。
では、その間、司法(裁判所)が何をしているのかというと、出来上がった法律の解釈だけの世界に住んでいます。
その法律が、国民生活にどのような影響を及ぼすのかは、法律家にとっては、いわば「関係ない話」になってしまっています。
こうして結局のところ、三権分立は、実は何も決めることができない、何も出来ない権力制度(レジウム)になってしまっているわけです。
つまり、自分で決め、自分で責任を負うという「自立」の仕組みになっていないのです。
これを「戦後レイジウム」と言います。
けれど国家は、様々な決断をしなければならない機構です。
これでは政治にならない。
だから戦後政治は、とっくに解散したはずのGHQを、今度は仮想GHQとして事実上の国家最高権力を米国に手渡すことで、行われてきました。
つまり戦後の日本は、自ら、自立を手放し、米国からの支えによって、かろうじて自立を保てずに歩んできた状態で生きてきたといえるのです。
だからGHQが良くないとか、米国が悪いとか、日本政府が悪いとか、そういうことを言いたいのではありません。
自分の国のことは自分で決める。
その責任をしっかりと負う。
そういう国になっていかなければならないのではないか、ということを申し上げています。
戦後の日本がこうなったのは、米国のせいでもなければ、日本政府のせいでもありません。
むしろ、米国と日本のタッグによって、焼け野原になっていた日本は、またたく間に復興し、その後には高度経済成長を成し遂げ、世界の強国の仲間入りを果たしています。
しかも、世界の先進諸国が、すべて、戦後、何らかの形でテロ被害に遭っているにもかかわらず、日本内地において、戦後、これまで一度も、テロが起きていません。
このことはある意味、戦後の日本統治が、極めて良好に行われたといえることであると思います。
けれど、同時に世界の大国の一翼を担うようになったならば、日本は、世界への責任も果たさなければなりません。
日本が主体的に行う判断がもたらす結果について、日本国政府はしっかりと責任を取らなければなりません。
これはあたりまえのことで、責任なき権力は必ず腐敗を生むからです。
このことは世界の歴史が証明しています。
近世以降の人類の戦いは、常に、こうした腐敗との戦いにあったとさえいえるほどです。
国家は、一人ひとりの国民の姿を映す鏡です。
日本が自立するためには、まず私たち一人ひとりが、自分の人生を自分で選び、その責任を引き受ける人になることが必要だと思います。
自立とは、自分の人生のハンドルを、自分の手で握って、目的地(出口)へと向かうことです。
もちろん、迷うこともあります。
失敗することもあります。
だから、人に相談し、教えを請い、助けてもらうことは、少しも恥ずかしいことではありません。
私が、戦後日本を必ずしも全否定しない理由もここにあります。
けれど、「相談すること」と、「依存すること」は違います。
最後に「では、自分はどうするのか」を決めるのは、自分自身です。
その小さな積み重ねが、人も国も成長させるのです。
そして、自分で選んだ一歩であれば、その歩みには、当然、責任が生まれます。
自由と責任は、いつも一つだからです。
誰かに決めてもらった人生ではなく、自分で選び、自分で歩む人生。
誰かに決めてもらった国家ではなく、自分で選び、自分で歩む国家。
自立とは、孤立することではありません。
自ら選び、その結果に責任を持ちながら、人と響き合い、未来を築いていくことです。
その一歩一歩が、人を育て、国を育て、最後にみんなが笑顔になれる未来へとつながっていくのだと思います。
——今日も良い一日を♪
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