人から見れば寂しい暮らしでも、本人にとっては、かけがえのない幸せかもしれません。百人一首第8番、喜撰法師の「わが庵は都の辰巳しかぞ住む」。世間からは世捨て人と思われながら、宇治山で静かに暮らす法師の歌には、現代にも通じる人生の知恵が隠されています。人の幸せは、誰が決めるのでしょうか。自分の選んだ道を生きること、そして違う生き方を尊重し合うこと。千年前の和歌から、「自立」と「結び」の意味を考えます。

今日のひとこと・百人一首・わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり。

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幸せは、人が決めるものではない ── 喜撰法師が詠んだ「宇治山」の豊かさ

百人一首 第八番 喜撰法師
 わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む
 世をうぢ山と 人はいふなり

(わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ よをうぢやまと ひとはいふなり)

世間から見れば、寂しい山暮らし

喜撰法師(きせんほうし)は、平安時代の歌人で、六歌仙の一人に数えられる人物ですが、その生涯はほとんどわかっていません。
伝えられているのは、京都の東南にある宇治の山に住んでいたということ。
そして『古今和歌集』に収められた、この一首だけです。

歌の意味は、おおむね次のようになります。

「ワシの庵は都の東南にあって、こうして静かに暮らしている。
 それなのに世間の人は、
 ワシが世の中を嫌になって宇治山に隠れ住んでいるのだと言っているらしい」

「辰巳」は東南の方角です。
「しかぞ住む」は、このように暮らしているという意味ですが、「鹿が住む」という意味を響かせているとする解釈もあります。
そして「うぢ山」には、地名の「宇治」と、世をつらく思う「憂し」が掛けられています。
つまり、言葉の上では、都を離れて山に隠れ住む人の歌です。

しかし、ここで少し考えてみたいことがあります。

喜撰法師は、本当に世の中を嫌になって山に入ったのでしょうか。

歌をよく読むと、そう言っているのは喜撰法師自身ではありません。
「人はいふなり」と詠まれています。
つまり、世間の人がそのように言っている、というのです。
ここに、この歌のおもしろさがあります。

人がどう見るかと、自分がどう生きるか

世間の人から見れば、爺さんが都を離れて、山奥の粗末な庵で暮らすというのは、寂しい人生に見えたのかもしれません。
都には華やかな宮廷があり、人々が行き交い、さまざまな富や名誉があります。
それに比べれば、山里の暮らしは何もない生活です。

けれど、喜撰法師にとってはどうだったのでしょう。

朝になれば鳥が鳴き、山に陽が差し込みます。
木々の葉が風に揺れ、季節ごとに花が咲き、秋には紅葉が山を彩ります。
そこには都の華やかさこそありませんが、静かで、穏やかで、心豊かな時間があります。

世間の人は「あの人は世の中が嫌になったのだろう」と言うけれど、
喜撰法師は、「しかぞ住む」と詠んでいます。
「こうして暮らしているのだぞ」
「鹿と仲良く暮らしているぞ」、と。

人から見れば不幸に見える暮らしでも、本人にとっては、かけがえのない幸せであることもあります。
反対に、誰もがうらやむ富や地位を得ながら、心の安らぎを失っている人もいます。
幸せというものは、外から見える姿だけでは、決して測れないものです。

幸せかどうかまではわかりかねますが、もう20年も前のことです。
自分がこの仕事(保守的な文筆活動)をしていこうか考えていた頃に、先輩から言われました。
「昔から国学者というのは貧乏と相場が決まっている。
 日本を護るという活動をはじめたら、超貧乏暮らしになると覚悟しろ。
 自慢じゃないが、オレの申告所得は年収2万円だ」
笑えない話ですが、それでもこの仕事をすることにしました。

はじめてみたら、本当に稼ぎにならない。
生活保護受給者よりもはるかに年収が少ない。
意地でも生活保護のお世話にはなりたくなかったから、頑張り通しました。
ずっと思っていたのは、「途中であきらめたらダメだ」でした。

 不自惜身命(自らの身命を惜しまず)
 不撓不屈(何があってもくじけない)
 何苦楚(なにくそ・シャープ創業者の早川徳次氏の座右の銘)

この3つの言葉が支えでした。
心配して、高給で相談役の職を斡旋してくれる友人もいました。
だけど、自分で決めたことです。
どんな非難や中傷を受けようと、決めたらやり通す。
それが男というものだ・・・と今でも信じています。

「うぢ」という言葉に、もう一つの意味を重ねてみる

話が脱線しました。
ここからは、少し違った角度から、この歌を眺めてみたいと思います。

「うぢ」という言葉には、「宇治」「憂し」という意味のほかに、音の重なる言葉として「氏(うじ)」があります。
もちろん、一般的な和歌の解釈では、「宇治」と「憂し」を掛詞として捉えます。
「氏」まで掛けているという確かな史料があるわけではありません。

けれど、和歌という文学は、言葉の響きからさまざまな情景や思いを広げていくことのできる文学です。
そこで「氏」という言葉にも、ひとつ観測点を置いてみたいのです。

古代の日本社会では、氏は共通の祖先や職掌などによって結ばれた集団を表しました。
人は、ただ一人で生きているのではなく、親がいて、子がいて、祖先がいて、同じ土地で暮らす人々がいます。
仕事を通じたつながりがあり、互いに支え合う関係があります。
その人がどこから来て、誰と結ばれ、何を受け継いで生きているのか。
それが氏族集団としての「氏」であり、人と人とのつながりを考える手がかりです。

宇治の山奥に暮らす喜撰法師も、都で働く人々も、農村で田畑を耕す人々も、それぞれの場所で人とのつながりの中に生きています。
「世をうぢ山と人はいふなり」
この言葉を「氏」という響きから眺めてみると、世の中は「氏」という人々の結びによって成り立っている、という別の景色も見えてきます。

もちろん、これが歌の本来の意味だと断定するものではありません。
けれど、千年以上も前の一首から、現代の暮らしを考える新たな問いが生まれる。
それこそが、百人一首からの「学びの楽しさ」だと思うのです。

価値の先にあるもの

現代社会でも、私たちはつい、他人の暮らしを外側から判断してしまいます。
大きな家に住んでいるから幸せ。
立派な会社に勤めているから成功者。

田舎でひっそり暮らしているから寂しい。
仕事を辞めたから人生の敗北者。

けれども、本当にそうでしょうか。
人には、それぞれの生き方があります。

大都会で活躍することに喜びを見いだす人もいます。
私の友人の何人かは、都会を捨てて田舎暮らしをし、小さな田畑を耕しながら、あるいはお蚕様を育てながら、家族と食卓を囲むことに幸せを感じる人生を選んでいます。

どちらが上で、どちらが下というものではありません。
そもそも、人の人生は、誰かとの比較によって価値が決まるものではないのです。

ちなみにある友人は、田舎で古民家を買って、そこに移り住んだのですが、リフォームに予想以上にお金がかかり、経済的にちょっとマズい情況になったのだそうです。
ところが、それでも「こうと決めたのだから」と実行に踏み切ったら、なんと、基礎工事の過程で、屋敷の地下から埋めてあった壺がでてきました。
開けてみると、なかには小判がざっくざく。
まるで童話みたいな話ですが、おかげで破格の大金持ちになって、いま地元の農業復興に力を注いでおいでになります。
これはご本人から直接聞いた話です。

手が届かない夢でも、その先へと目線を移動したとき、その夢は、ただの通過点になります。
ゴールを、その先へと持っていくと、手の届かなかった夢が実現できてしまうということは、本当にあります。

結びは、同じ生き方をすることではない

ここで、もう一つ考えてみたいことがあります。
人と人が結ばれることです。

結ばれるということは、同じ考え方を持ち、同じ暮らしをすることではありません。
都で暮らす人がいても良いのと同じくらい、山で暮らす人がいても良い。
忙しく働く人がいても、静かな時間を大切にする人がいてもいい。

違うからこそ、互いに学び合うことができるのです。

自分にはないものを、相手が持っている。
相手には見えていない景色を、自分が見ている。
その違いは、否定するものではなくて、むしろ違いを持ったまま結ばれていくことが大事なのだと私は思っています。
それが、豊かさというものなのではないか。

喜撰法師がどこまで意図したかはわかりません。

ただ、歌にある「人はいふなり」という言葉の中に、
世間の評価と、自分の生き方との間に、わずかな距離が、意図して置かれているように感じるのです。

人が何と言おうと、ワシは、ワシなりの豊かな暮らしが、ここにある。
そのように読むと、喜撰法師の歌が、どこか朗らかに感じられるのです。

自分の居場所を大切にする

私たちは、ともすると、自分にないものばかりを数えてしまいます。

あの人にはお金があるけど、自分にはない。
あの人には名誉があるけど、自分にはない。
あの人には才能があるけど、自分にはない。

本当にないのでしょうか。

毎朝、目を覚ますことができる。
食事をいただくことができる。
声を掛けてくれる人がいる。
誰かに「ありがとう」と伝えることができる。
そんな当たり前のような日常こそ、実は大きな恵みなのではないでしょうか。

もちろん、現実には暮らしがあります。
孤独もあります。
助けを必要としている人もあります。
だからこそ、人は互いに結ばれ、支え合う。
お金、名誉、才能以上に、たいせつなものが、たしかにあると思うのです。

幸せは、誰かが決めてくれるものではありません。
何もかも一人で抱え込むことでもありません。
自分の居場所を大切にし、そこから人と結ばれ、明日へ向かって生きていく。
それが、人が人として生きることの豊かさなのだと思います。

千年以上前、宇治の山中で暮らしていた一人の法師。
世間が何と言おうと、そこには静かな暮らしがありました。
そして、その暮らしを詠んだ一首が、いまも百人一首として読み継がれています。

人の幸せは、世間の評価で決まるものではない。
自分のいる場所で、誰かと結ばれ、心豊かに生きていくこと。
喜撰法師の歌は、そんな大切なことを、いまの私たちにも語りかけているように思います。

幸せは、どこに住むかでも、人にどう見られるかでも決まらない。
いまいる場所で、誰かと結ばれ、自分らしく生きられること。
そのありがたさに気づくところから、幸せが始まる。
自分の人生を自分で引き受けることが、他者の人生を尊重することにもつながるのです。
ここに、「自立」と「Relation」の結びがあります。

幸せは、世間から与えられる評価ではなく、自分が選び取った生き方の中に生まれる。

「世間はいろいろ言うがのう。ワシはここが好きなんじゃよ」
喜撰法師のそんな声が聞こえてきそうです♪

——今日も良い一日を♪

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