最近の台風を見ていると、「おいおい、そっちへ行くのかい」と言いたくなるような、不思議な進路を取ることがあります。気象学は、その「原因」を高気圧や大気の流れから説明します。一方、スピリチュアルな世界では「浄化」「時代の転換」「龍神」といった「意味」を読み取る人もいます。では、どちらが正しいのでしょうか。もしかすると、そもそも両者は違う問いを発しているのかもしれません。台風を題材に、科学とスピリチュアル、そして日本人の八百万の神という自然観の「あいだ」を、ちょっと肩の力を抜いて考えてみます。

台風は何を語っているのか

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最近の台風の進路を見ていると、
「おいおい、そっちへ行くのかい」と言いたくなるような動きをしています。

ひと昔まえまでは、台風といえば、南の海からやってきて、黒潮と重なるようなルートをたどり、日本列島に沿うように北東へ抜けていく――。
もちろん一部には例外もありましたが、そんなイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。

ところが最近は、東から西へ進んだり、途中で向きを変えたり、まるで、
「ちょっと忘れ物したから戻るね♪」と言わんばかりの動きをしています。
なぜこんなことが起こるのでしょうか。

■ 台風は黒潮に乗っているわけではない

気象学的に言えば、今回の台風の「逆走」の主犯は、黒潮ではなく、その上空にある巨大な空気の流れとされています。

台風を、なんとなく黒潮と同じルートを通るものだと思っておいでの方は多いですが、台風は黒潮に乗って移動しているわけではありません。
もちろん黒潮は、台風に熱や水蒸気を供給するという意味で重要です。
しかし台風を「どちらへ運ぶか」を決める主役は、黒潮ではなく、大気の流れです。

台風は、大気の流れの中に浮かぶ、巨大な渦のようなものなのです。
通常、日本の夏には太平洋高気圧があるため、その巨大な渦は、その縁を回るように進み、やがて偏西風などの流れに乗って北東方向へ進むことが多いのです。

当然、高気圧の位置や上空の風の配置が変われば、台風の進路も変わります。

つまり、いま起きていることは、台風がおかしくなったというより、
台風を運んでいる「空の川」が複雑になっているということなのです。

と、ここまでが、気象学的なお話です。
ところが世の中には、もうひとつ別の見方があります。

■ スピリチュアルな人たちは、台風をどう見るのか

ちょっと面白くなって、スピリチュアル系の人たちは、このような異例の気象現象をどう見ているのだろうと調べてみました。
すると、いろいろ出てきました(笑)。

代表的なものが「浄化」という見方です。
台風や大雨によって、古いもの、滞っていたものが洗い流され、新しい時代へ移るための浄化が起きているというわけです。

他にも、
「時代の転換を表している」
「これまでの流れが反転している」
「日本列島のエネルギーが変わっている」
「龍神が動いている」
などの解釈がありました。

もちろん、これらは気象学ではありません。
「台風が逆走したのは龍神が方向を変えたからですか?」
などと気象庁に電話しても、おそらく先様が困られるだけだと思います(笑)。

けれど私は、こういう話を単純に、
「科学的ではない。だから全部くだらない」と切り捨てるのも、違うように思うのです。

なぜなら、科学とスピリチュアルでは、そもそも問いの性質が違うからです。

■ 科学は「原因」を問い、人は「意味」を問う

科学が問うのは、
「なぜ、この現象が起きたのか」です。
高気圧の位置や、上空の風の方向や強さ、海面水温などを観測して、原因を探ります。

一方、スピリチュアルな世界で問われるのは、
「この出来事には、どんな意味があるのだろうか」という問いです。

前者が原因(Cause)、後者は意味(Meaning)を問うています。
似ているようでいながら、実はまったく違う問いを発しているのです。
問題が違えば、答えも違う。
1+1は2ですが、
2+2なら、答えは4です(笑)

ここで、ちょっと日本文化の話になります。

日本人は古くから、山や川、海、風、雷、雨などの自然を、単なる物理現象としてだけ扱ってきたわけではありません。
山には山の神がいる。
海には海の神がいる。
風も、雷も神様で、そこに何らかの「はたらき」があると考えられてきました。

これは、「山の中に人間のような神様が住んでいる」というような単純な話ではありません。
自然の中に、人間の都合だけでは動かない大きな「はたらき」を感じ、その前で人間が少し謙虚になる。
そういう自然との関係の結びそのものを信仰の対象としてきたといえるのです。

ですから日本の八百万の神々は、いわゆる西洋的な意味での多神教とは異なります。
多神教は、たくさんの神様を信仰する宗教ですが、
日本の八百万の神々は、それ自体が神々との結びです。

森の奥深くにある大木は、それだけなら、誰も知らない山奥の木です。
けれど、その木に人が何かを感じ、その木と心が結ばれたとき、その木は神となります。
これが日本的八百万の神々です。

空から降ってくる雨は雨です。
もちろん、どうして雨が降るのかというメカニズムも大事です。
けれど、その雨を私たち自身がどのように受け止めるのかは、もっと大事です。

外出するのに不便だ、雨降りは気圧が下がって体が重い、気分も憂鬱になる。
それはそれでわかることです。
けれど、日本人にとっては、農作物を育てるために必要な、雨は恵みの雨です。
そう思った瞬間に、雨は食べ物と私たちを結ぶ神となります。

要するに、物事には、科学的説明と、人間にとっての意味があるのです。
この二つは、必ずしも敵同士ではありません。

■ ひとつの観測面だけで世界を決めない

ここで、倭塾サロン・ブログに書いた「余白と立体的思考」の話(https://salon.hjrc.jp/?p=4505)につながります。
ひとつの観測面から見れば、世界はとても整然として見えます。
気象学という観測面から見れば、
「高気圧がここにあり、上空の風がこう流れた。だから台風はこのコースを進んだ」
と説明できます。
それは正しい説明です。

けれど、それが正しいからといって、
「人がその自然現象から何かを感じ取ることには意味がない」ということにはなりません。
逆に、「これは龍神様のお働きなのだから、気象学など必要ない」というのも困ります。

つまり、科学か、スピリチュアルか。
と、何でも二者択一にしてしまう必要はないのです。

なぜなら、両者は同じ問いに違う答えを出しているのではなく、そもそも問いかけているものが違うからです。
科学は、現象が起きた「原因」を見る。
スピリチュアルな世界では、そこに人が感じる「意味」を見ます。
同じ台風でも、科学の位置から見る。歴史から見る。神話から見る。人の心から見る。
観測点が動けば、ひとつの現象にも、さまざまな姿が見えてきます。

■ 台風は、何を語っているのか

では今回のような、不思議な進路を取る台風には、何か意味があるのでしょうか。

正直なところ、
わかりません(笑)。

龍神様が動かしているのかもしれないし、そんなことはまったくないのかもしれない。
断定する必要もないと思います。

ただ、
「なんだ、この台風は?」
と思って空を見上げる。
自然について考える。
自分たちの社会について考える。

そして、
「いままで当たり前だと思っていたものも、
 違う場所から見れば違って見えるのかもしれないな」と思ってみる。

それだけでも、十分意味があるのではないでしょうか。

科学は、自然の仕組みを教えてくれます。
神話や信仰は、自然と人間との関係について考えるきっかけを与えてくれます。
どちらかを否定するのではなく、その「あいだ」に立ってみる。

すると、世界が少し立体的に見えてきます。

台風の進路も、人の人生も、いつも予定通りとは限りません。
右へ行くと思ったら左へ行くし、まっすぐ進むと思ったら、突然曲がったりもします。

人生なんて案外そんなものなのかもしれません。
まっすぐ進まないからこそ、見えてくる景色もある。

だから、ときには空を見上げながら、
「さて、この出来事から、何を受け取ろうか」と考えてみる。
そんな余白があってもいいのではないでしょうか。

台風は気圧配置に従って進みます。
けれど、その台風を見て何を考えるかは、私たち自身が選ぶことができます。

そして最後はやっぱり、
「では、どんな未来を選ぶのか」
に戻ってくるのだと思います。

・・・と、台風の進路を見ながら、そんなことを考えてしまいました。
まあ、台風さんには、
できれば、日本列島を避けていただけるとありがたいのですが(笑)

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