判決の翌日から、人はまた暮らしていく。
江戸時代の「内済」は、人々のRelationを保とうとする一方で、個人を共同体の中に埋没させる危険も持っていました。近代法は、そこから一人ひとりを権利主体=Entityとして守る仕組みを発達させました。では、守られたEntityとEntityの「あいだ」は、その後どうなるのでしょうか。昔へ戻るのでも、現代の法制度を否定するのでもありません。近代が獲得したものを守りながら、その先にあるRelationをどう結び直し、人々が再び歩き始められる未来をつくるのか。近世の裁きから現代社会までを見渡しながら、「出口とは何か」を考えてみました。

近代法が獲得したもの、その外側に残ったもの

まえがき

この記事は、有料のfoomiiウェブマガジンに書いた記事です。
いつもは、倭塾サロンでの公開ですが、今回は無料ブログで公開します。

本稿は、「昔の日本は良かった」という記事ではありません。
歴史を学ぶ意味は、過去へ帰ることではなく、過去の中にあった知恵を、未来へどう接続するかという記事です。
日本は近代化によって、多くの大切なものを獲得しました。
けれどその過程で制度の外側に置かれることになったものがありました。
獲得したものを守りながら、そこに過去の知恵を結び直す。
その先に、これまでとは少し違う未来が見えてきます。
今回は「法」と「裁き」を題材に、そんなことを考えてみました。

■ foomiiウェブマガジン(同文記事)https://foomii.com/00333/20260929192030158058

第一章 判決が出れば、問題は終わるのか

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判決の翌日から、人はまた暮らしていく。
この言葉を、今回の出発点にしたいと思います。

私たちの社会では、人と人とのあいだに争いが起き、それを当事者だけでは解決できなくなったとき、裁判という制度があります。
双方の主張を聞き、証拠を調べ、法律に照らして判断する。そして判決によって、権利や義務を明らかにする。
これは、近代社会にとって非常に大切な仕組みです。

もし、争いの解決がすべて当事者同士の力関係に委ねられていたらどうなるでしょう。
声の大きい人が勝つかもしれない。
お金や権力を持つ人が勝つかもしれない。
地域や組織の中で力を持つ人の意向によって、本来守られるべき人の権利が押しつぶされることもあるでしょう。
だからこそ、当事者の力関係から一定の距離を置き、法という共通の基準によって判断する仕組みには、大きな意味があります。

私が若い頃に企業内の法務担当を目指した理由も、ここにあります。
まさに、力ではなく、法によって公正が守られ、一人ひとりが権利を持つ個人として守られる社会を目指したのです。

けれど、ここで観測点を少し動かしてみたいのです。
裁判官が判決を言い渡した瞬間、事件は法的に、ひとつの決着を迎えます。

しかしその瞬間に、人々の人生まで終わるわけではありません。
たとえば近所同士の争いなら、判決の翌朝にも、同じ道で顔を合わせるかもしれません。
職場での争いなら、その後も同じ業界で働くことがあるでしょう。
家族をめぐる争いであれば、裁判が終わっても、親子という関係まで消えてしまうとは限りません。
地域の争いなら、その土地で暮らし続ける人々には、判決後も日常があります。

つまり、法的な問題には「終わり」があっても、人間の暮らしには「続き」があるのです。

ここに、ひとつの大切な問いが生まれます。
「法的に決着したこと」と、
「人々が再び歩き始められること」は、
果たして同じなのだろうか
、という問いです。

裁判制度に人間関係のすべてを解決せよ、と言いたいのではありません。
むしろ逆です。
裁判には裁判の役割があります。
だからこそ、その役割をきちんと認めたうえで、
その制度が役割を終えた先に何があるのかを考えてみたいのです。

争いを終わらせること。
権利を守ること。
責任を明らかにすること。
そして、そのあと人々が再び人生を歩き始めること。

これらは、似ているようで、少しずつ違います。

これまで私は、「出口設計(Exit Design)」という言葉を使ってきました。
出口設計とは、いま起きている問題だけを見て答えを出すのではなく、
その先にどのような未来をつくりたいのかを観測点にして、現在の選択を考えることです。

だとすれば、法についても、同じ問いを置くことができるのではないでしょうか。
それが、
「どう裁くのか」だけではなく、
「裁いたあと、どんな明日が始まるのか」
という問いです。

判決は、ひとつの出口です。
しかし、人間の暮らしから見れば、その出口は同時に、次の日への入口でもあります。
だからこそ、もう一度この言葉に戻りたいのです。

判決の翌日から、人はまた暮らしていく。

近代以前の日本では、人と人との争いをどのように終わらせ、その「翌日」をどのようにつくろうとしていたのでしょうか。

次章では、江戸時代の裁きと「内済(ないさい)」という仕組みを手がかりに、この問題を考えてみたいと思います。

第二章 江戸の人々も、争い訴え、裁かれていた

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では、近代以前の日本では、人々は争いをどのように解決していたのでしょうか。
ここで気をつけなければならないことがあります。

江戸時代の人々は、いつも「和」を大切にし、争いが起きても皆で話し合い、円満に解決していた――というわけではありません。
江戸の人々だって、普通の人間です。
土地の境界争いもあれば、金銭をめぐる争い、商売上の争い、そして農村では、とりわけ水をめぐる争いがありました。

とりわけ、田に水が来るか来ないかは、文字どおり生活にかかわる死活問題です。
ですから、ときには激しく争い、当事者同士で収まらなければ、領主側に訴え、裁きを求めました。

歴史を振り返れば、我が国では、奈良時代の墾田永年私財法(743年・天平15年)によって、一定の条件のもと、新たに開墾した土地を永年にわたって私有することが認められました。
そこから荘園の形成や在地領主の成長へと長い歴史が続いています。
土地を持つということは、その土地を守る必要も生まれるということです。
そうした土地所有や地方社会の変化も、のちに武士が成立していく背景のひとつとなっていきました。

こうした紆余曲折を経て、17世紀以降の徳川政権下では、幕府領であれば代官、藩領であれば郡奉行などが争いの解決にあたっています。
そして、それでも解決できないものが、さらに上位の裁きへ持ち込まれることもありました。
つまり中世においても、また近世となる江戸時代においても、訴訟があり、裁許があり、勝敗はあったのです。
決して「昔の日本には争いがなかった」ということではありません。

その一方で、近世の民事的な紛争処理には、現代から見ると興味深い仕組みがありました。
それが、
「内済(ないさい)」です。

「内済」は、争いのすべてを公的な裁きによって決着させるのではなく、当事者同士の話し合いや、庄屋など地域の有力者による仲介によって和解を図るものです。
最高裁判所に、調停制度の歴史を紹介した資料がありますが、そこには、江戸時代には奉行へ訴える道がある一方で、私人間の争いではまず話し合いによる解決が図られ、庄屋らが仲介する内済が行われたことが説明されています。
→ https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2022/87tokusyuu2_tokubetuban.pdf

これは、単に「裁判になる前に仲良く話し合ってください」という程度のものではありません。

法制史研究によれば、村役人による事前の調整を経て訴えが出された後にも、裁く側が和解を勧めたり、村役人を仲介者として内済を試みたりすることがありました。
つまり、「裁判」と「内済」は完全に別々の世界にあったのではなく、訴訟の過程そのものに話し合いによる解決が組み込まれていたのです。
→ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jalha1951/1962/12/1962_12_194/_article/-char/ja

なぜ、このような仕組みが発達したのでしょうか。
ここで、当時の人々の暮らしを想像してみます。

たとえば、二つの村が用水をめぐって激しく争ったとします。
今日、裁きが下りました。
「A村の主張を認める」
「B村はこれに従え」

これで訴訟そのものは終わるかもしれません。
しかし――
水は、明日も流れてくるのです。

そして、その水を使って、双方がまた田を耕さなければなりません。
お互いの道も使えば、橋も使う、川も山も使う。
人手が必要なときには助け合わなければならないし、冠婚葬祭もある。祭りもある。
争いが終わったからといって、相手が地上から消えてしまうわけではないのです。

実際、越前の用水争論について『福井県史』には、
当事者間で解決できない場合には代官や郡奉行などが解決にあたりながら、できるだけ庄屋などを仲裁人として内済を勧めていたとあります。
また江戸での裁許は費用がかかるだけでなく、農民間に「しこり」を残すことも理由として挙げられています。
裁断に至った場合にも、その後、双方に裁断へ従って和解する証文を提出させた事例が記されています。
→ https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/fukui/07/kenshi/T3/T3-3-01-02-04-05.htm

こうなると、つい私たちは「江戸時代には、判決の翌日以降のRelationまで考えていたのだ」などと言いたくなります。
けれど、そこで話を終わらせてはいけないと思うのです。

「内済」には、もう一つの顔があったからです。

共同体の関係を維持することが強く求められれば、そこには別の圧力が生まれる可能性があります。
「村のためだから、ここは我慢してくれ」
「いつまでも争っていては皆が困る」
「お互い少しずつ譲ればいいではないか」
という圧力です。

そして、力の強い者と弱い者が争っている場合、「お互いに譲ろう」という言葉が、本当に公平な結果をもたらすとは限りません。

近世の水利訴訟を研究した大竹秀男先生の論考を私なりに要約すれば、
「内済」もまた、当事者を取り巻く力関係から完全に自由な制度ではありませんでした。
力関係の影響を受け、ときには不公正な結果をもたらすこともあったといえます。
→ https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jalha/1951/1/_contents/-char/ja

ここは、とても大切なところです。

江戸時代の仕組みを、
「日本人は和を大切にした。だから素晴らしかった」
だけで片づけることはできないからです。

近世の共同体には、人と人とのRelationを維持しようとする力がありました。
しかし同時に、
Relationが強いからこそ、個人がその中に埋没してしまう危険もあった
といえるのです。

共同体を守るために、ひとりの人間が我慢させられる。
全体を丸く収めるために、本来守られるべき権利が十分に守られない。
これは決して、私たちが目指すべき社会の姿ではないと思います。

だから私は、江戸時代に戻ろうと言いたいのではありません。
むしろ、ここから次の問いを持ちたいのです。

それが、
「Relationを壊さずに、個人も守ることはできないのか。」
という問いです。

近代日本は、この問いのうち、とりわけ後半の「個人を守る」という課題に、大きく踏み出していきました。
共同体の中の「誰々さん」ではなく、一人の人間を、一人の権利主体として法で守ろうとしたのです。
日本が近代化の中で獲得したものの一つが、まさにこれです。

そこで次章では、近代法が日本にもたらしたものを、
「Entityとしての個人」という観測点から考えてみたいと思います。

第三章 近代法は「個人」を守った

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前章では、江戸時代の「内済」について見てきました。
そこには、争いを終わらせるだけではなく、その後も同じ共同体の中で暮らしていかなければならない人々のRelationを維持しようとする働きがありました。
けれど同時に、Relationが強ければ強いほど、その中にいる一人の人間が我慢を求められたり、共同体の都合によって個人の権利が後回しにされたりする危険もありました。

では、どうすればよいのでしょうか。
この問題を考えるとき、わかりやすさを優先すれば、「明治以降の日本が進めた法制度の近代化は、単純に西洋の模倣であった」と説明することもできます。
けれど、そんな一言で、この問題を片づけるべきではありません。

明治新政府が欧米諸国の法制度を参照しながら、近代的な司法制度を整えていったことは事実です。
そして明治8(1875)年には大審院を設置し、明治23(1890)年には裁判所構成法が公布されました。
同時期に民法も編纂され、紆余曲折を経て明治31(1898)年には、その主要部分が施行されています。

もちろん、その背景には不平等条約の改正という国家的な課題もありました。
日本が欧米諸国と対等な近代国家として認められるためには、近代的な法体系と司法制度を整備する必要があったからです。
けれど、歴史的意味は、それだけではないのです。

ここで、もう一度、村の中で争いが起きた場面を考えてみます。
村には村の事情があります。
「あの家には昔から世話になっている」
「この人は村の有力者だから逆らいにくい」
「みんなが困るから、お前が少し我慢してくれ」
そうしたRelationの中で生きていれば、それらを完全に無視することは難しいでしょう。

けれど法は、まったく別な観測点を持つことができます。
あなたが誰と親しいのか。
村でどのような立場にいるのか。
誰に嫌われるのか。

そうしたRelationからいったん距離を置いて、
「この人には、どのような権利があるのか」を問うことができるのです。

ここに、近代法がもたらした非常に大きな意味があります。

それまで人々は、家族、村、身分、職業など、さまざまなRelationの中に置かれていました。
もちろん、それらのRelationがすべて悪いわけではありません。
それどころか、人はRelationなしには生きられません。

しかし、Relationの中だけで人間を見ると、ときとして「誰々の息子」「どこの村の者」「この家の嫁」「この身分の者」という位置づけが、その人自身よりも先に立ってしまうことがあります。

近代法は、そこから一人の人間を取り出して、
「この人も、一人の権利主体である」と見る観測点を与えたのです。
私が日頃使っている言葉に置き換えるなら、これは、
Relationの中に埋め込まれていた人間を、Entityとして守るということです。

これは、とても大きな前進です。
ですから私は、日本が近代化する過程で、古来の仕組みを失ってしまった、とだけ考えることには賛成できません。
私たちは、失ったものがあったと同時に、獲得したものもあったといえるからです。

そして、その獲得したものの一つが、
「共同体よりも弱い一人であっても、法によって守られ得る」
という考え方です。

これは、決して手放してはならないものだと思います。
ここを曖昧にしたまま、「昔の日本には和があった」「共同体を大切にしよう」とだけ述べるならば、第二章で見た問題に逆戻りすることになります。

みんなが仲良く暮らすために、一人が泣く。
共同体を維持するために、一人が我慢する。
それでは、「みんなが笑顔」にはなりません。
一人を守れないRelationなら、そのRelationそのものを問い直さなければならない。
近代法は、そのための強力な道具を私たちにもたらしていたのです。

ところが、ここでまた、観測点を動かしてみます。
法によって一人ひとりの権利を守ることができた。
Entityを守ることができた。
では――
守られたEntityとEntityの「あいだ」は、そのあと、どうなるのでしょうか。

裁判によって権利義務が確定しても、人と人とのRelationが自動的に修復されるわけではありません。
近代法の失敗という意味で申し上げているのではありません。
むしろ、法が守るべき領域と、法だけでは扱いきれない領域が、そこに見えてきたということなのだと思います。

日本は近代化によって、大切なものを獲得しました。
ならば、その獲得したものを捨てるのではなく、大切に守ったまま、次の問いへと進む。

そのために、もう一度問いを置いてみます。
近代法がEntityを守ったあと、そのEntityとEntityの「あいだ」を、私たちはどうするのか。

決して、Relationが善で、Entityが悪なのではありません。
Relationには人を支える力がある一方で、人を縛る力にもなり得ます。
だから近代法は、そこから個人をいったん切り出し、Entityとして守る仕組みを発達させてきました。
それは文明の後退ではなく、明らかな前進だったといえます。

けれど、Entityを守ることに成功したからといって、人間の暮らしそのものがそこで終わるわけではありません。
法によって守られた人も、判決の翌日から、また誰かと関わりながら生きていきます。
だからこそ、次の問いが生まれるのです。
「では、そのEntityとEntityの『あいだ』をどうする?」

近代法によって、個人の権利は法によって守られるようになりました。
しかし、互いの「信頼」は判決ではつくれないのです。
判決は、「責任」を確定することができます。
しかし、仲直りは命令できません。
法は、契約上の義務の履行を強制することができます。
しかし、「また一緒にやろう」という「姿勢」は強制できないのです。

そこで次章では、近代化によって「失われたもの」という言い方ではなく、
「制度の外側に置かれることになったもの」
という観測点から、この問題を考えてみたいと思います。
これは、とても大事なところです。

第四章 では、近代化によって何が「制度の外側」に置かれたのか

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前章では、近代法がもたらした大きな意味について考えてきました。
共同体の中に埋め込まれていた一人の人間を、そこからいったん切り出し、権利を持つ一人のEntityとして守る。
これは、近代化によって私たちが獲得した大切な仕組みでした。

では、そのことによってRelationは不要になったのでしょうか。

もちろん、そんなことはありません。
人は、一人のEntityとして権利を持っています。
けれど実際の暮らしの中では、誰もが誰かとのRelationの中で生きています。
親と子、夫と妻、上司と部下、雇う人と働く人、売る人と買う人、貸す人と借りる人、そして、同じ地域で暮らす人々。

法は、その「あいだ」に争いが生じたとき、大きな力を発揮します。
「あなたには、この権利があります」
「こちらには、この義務があります」
「この行為には、この責任があります」
それを当事者同士の力関係ではなく、法という共通の基準によって判断する。
これは、とても大切なことです。

しかし、判決ができることと、人間がその後を生きていくこととは、同じではありません。

たとえば、隣家との土地の境界をめぐって裁判になったとします。
長い争いの末に、ようやく決着がついた。
境界も確定した。
双方が何をしなければならないかも明らかになった。
法的な問題は、これでひとつの出口を迎えます。

ところが翌朝、玄関を開ければ、そこには昨日まで争っていた隣人の家があります。
判決は境界線を引くことができます。
けれど、「明日の朝、顔を合わせたときに、どう挨拶するのか」までは決めてくれません。

家族なら、もっとわかりやすいでしょう。
法は、離婚を成立させることができます。
財産をどのように分けるのか、子供の養育をどうするのかについても、法的なルールや手続があります。

しかし、別れた二人が、その後どのような姿勢で子供と向き合うのか。
そこまでを、判決や調停条項だけでつくることはできません。

会社でも同じです。
労働条件や契約上の権利義務は、法によって守ることができます。
けれど、
「明日から、もう一度この仲間と仕事をしよう」という信頼や意欲そのものを、法律で命じることはできません。

ここで大切なのは、これらを近代法の欠陥と考えないことです。

法にできないことがあるからといって、法が不完全だということにはなりません。
むしろ逆に、法が人間の感情や信頼や愛情まで命令する社会を想像してみたいのです。
「隣人を信頼しなさい」
「別れた相手を許しなさい」
「明日から仲良くしなさい」
「この人を好きになりなさい」
そんなことまで国家や裁判所が命じるようになったら、それは個人を守るどころか、人間の内面にまで制度が入り込むことになってしまいます。

だからこそ、
法には、法が担うべき領域がある。
そして、法が担うべきではない領域もある。

と考えた方がよいのではないかと思うのです。

ここで、「近代化によって日本は何を失ったのか」という問いを、少し変えてみます。
「失った」というと、どうしても、
昔はあったのに、いまではなくなった、だから昔に戻すのだ、という短絡的な話になりがちです。

けれど、ここまで見てきたように、歴史は、それほど単純ではありません。
近代化によって、私たちはEntityとしての個人を守る制度を獲得しました。
けれど、人と人とのRelationにかかわるすべてを、法が引き受けるわけではなかった。

ならば、これは「失った」というより、
「制度が担う領域」と「制度だけでは担えない領域」が、より明確に分かれていった
と見るべきことであろうと思うのです。

法が担うのは、権利や義務、責任、手続、公正な判断といった領域です。
その一方で、制度だけではつくることのできないものがあります。
信頼、感情、人と人とのつながり、そして再出発です。

これらは、法の外にあるから価値が低いのではありません。
むしろ、人が人として生きていくうえで、なくてはならないものです。

そして重要なことは、それらが
「法の外側にある」ということと、
「社会の外側」にあることでは、まったく意味が違う
ということです。

制度が担っていないのだから、誰も担わなくてよい、ということではありません。
ここに、近代社会が抱える一つの大きな問いがあるように思うのです。

近代法によってEntityを守る仕組みを手に入れた私たちは、その成果を大切に守りながら、
制度だけではつくることのできないRelationを、
誰が、どのように育て、
壊れたときに、どのように結び直していくのか。

という問いが大事になるのです。

これは、江戸時代へ戻れば解決するというほど単純な問題ではありません。
かといって、法制度をさらに細かくして、人間関係のすべてを法律で規定すれば解決する問題でもありません。

必要なことは、「どちらかを選ぶ」ということではないのです。

Entityを守る制度を持ったまま、Relationをどうつくるのか。
そして、
Relationが壊れたとき、Entityを犠牲にすることなく、どう結び直すのか。

判決は、法制度にとっての一つの出口です。
しかし、その出口を出たところには、当事者双方の暮らしが待っています。

第一章で述べたように、
判決の翌日から、人はまた暮らしていくのです。

ならば私たちが考えるべきなのは、法の出口を否定することではありません。
その出口の向こう側に、どんな道をつくるのか。

そこまで観測点を伸ばしてみる必要があると思えるのです。

次章では、いよいよこの問題を、
「EntityとRelationを、どう結び直すのか」
という観測点から考えてみたいと思います。

そこに、「出口設計(Exit Design)」という考え方の役割が見えてきます。

第五章 EntityとRelationをもう一度結び直す

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ここまで、近世の「内済」から近代法までを見てきました。
近世の共同体には、人と人とのRelationを維持しながら争いを収めようとする働きがありました。
しかしそのRelationが強すぎれば、共同体のために個人が我慢を求められる危険もありました。
だから近代法は、一人ひとりを共同体からいったん切り出し、権利を持つEntityとして守る仕組みを発達させてきました。

これは、大きな前進でした。
けれど、前章で見たように、Entityとして守られた人も、その後はまた誰かとのRelationの中で生きていきます。

では、どうすればよいのでしょうか。

ここで大切なことは、
Entityか、Relationか。
という二者択一にしないことだと思います。

個人の権利を守るためにRelationを切り捨てるのでもない。
Relationを守るために個人を犠牲にするのでもない。

必要なことは、
Entityを守ったまま、Relationをどう結び直すのか。
という観測点です。

ここで、私がこれまで述べてきた「出口設計(Exit Design)」という考え方が出てきます。

出口設計とは、問題が起きたとき、その問題だけを見て答えを出すのではなく、
「その先に、どのような未来をつくりたいのか」
を観測点にして、いまの選択を考えることです。

ですから出口設計は、法制度に代わる新しい裁判制度ではありません。
「裁判ではなく、みんなで話し合えばいい」というお人好しな話でもありません。
まして、江戸時代の「内済」に戻ろうという話でもありません。

ここは、とても重要です。
第二章で見たように、話し合いや共同体による解決が、いつも公平な結果を生むとは限らないからです。
個人の権利を守る法は、必要なのです。

争いが起きたとき、
誰にどのような権利があるのか。
誰にどのような義務があるのか。
誰がどのような責任を負うのか。
それを公正な手続によって判断する。
そこは、法が担うべき大切な領域です。

出口設計は、その役割を奪うものではありません。
むしろ、
法がその役割を果たした、その先まで観測点を伸ばす。
そのための考え方です。

第一章から繰り返してきたように、
判決の翌日から、人はまた暮らしていきます。
ならば、判決によってEntityが守られたあと、
「その人は、明日からどう生きていくのか」
「相手とのRelationをどうするのか」
「同じ地域で暮らし続けるなら、どのような関係をつくっていくのか」
「家族なら、これからどのように子供と向き合うのか」
「会社なら、明日からどう仕事をしていくのか」
という問いが残るのです。

これらに、唯一の正解があるわけではありません。
仲直りを強制しているのでもありません。

ここは大事なところです。

Relationを結び直すというと、すぐに、
「許し合いましょう」
「仲良くしましょう」
「元の関係に戻りましょう」
という話になりがちです。

しかし、それでは再びRelationがEntityを圧迫することになりかねません。
暴力を受けた人に、加害者と仲直りすることを求める必要はありません。
深く傷つけられた人に、「水に流しなさい」と強制することもできません。

場合によっては、「離れる」というRelation設計だってあるのです。
会わない。
距離を置く。
役割を分ける。
別々の道を歩く。
それらによって双方が再び人生を歩き始められるのであれば、それもまた一つの出口です。

つまり、出口設計におけるRelationの再構築とは、「元に戻すこと」ではありません。
むしろ、「これから先を生きていくために、どのようなRelationなら可能なのか」を考えることです。

「出口設計とは」という問いに、私は日頃から
・最後どうなる?
・壊れない?
・みんなが笑顔になれる?
という3つの視点を説かせていただいています。

この「みんなが笑顔」という言葉の意味は、
みんなが同じ場所に集まって、肩を組んで笑っていることだけを言うのではありません。
争った二人が、それぞれ別の道を歩くことになったとしてもいい。
ここで大切なことは、
誰か一人を犠牲にして、表面的に丸く収めることではない。
一人ひとりのEntityが守られ、そのうえで、それぞれが再び「自分の人生を歩き始められる」ことを含むのです。
なぜなら、それもまた、「みんなが笑顔になれる出口」の一つだからです。

そう考えると、出口設計とは、法制度の外にもう一つ別の制度をつくることではありません。
むしろ、法制度の向こう側まで、人間の営みを観測するための「補助線」です。

法はEntityを守ります。
その守られたEntityが、再び誰かとのRelationをつくる。
そして、そのRelationの中から、新しい暮らしが動き始める。

私はこの流れを、
Entity → Relation → Circulationと捉えています。

Entityだけで止まれば、人は孤立します。
Relationだけに流されれば、個人が埋没します。
けれど、
守られたEntityとEntityのあいだに新しいRelationが生まれ、
その関係の中から人や物や知恵や思いやりが再び動き始めるなら、
そこにCirculation(循環)が生まれます。
そしてCirculationが始まれば、社会は再び動き始めます。

どちらか一方を絶対的な「正しいEntity」として固定してしまえば、Relationはそこで止まります。
けれど、互いの「あいだ」に観測点を置けば、そこから再びCirculationが始まる可能性があります。

聖徳太子の十七条憲法の第十条に次の言葉があります。

 かれをぜし   われをひし   彼是則我非
 われをぜし   かれをひす   我是則彼非
 たまきのごとく はしはなし   如鐶无端

この言葉を、いまの私たちの言葉に置き換えて読んでみるなら、
「彼が正しくて、俺が間違っている、
 俺が正しくて、あいつが間違っているなどと言い合っても、
 結局のところ、まるで環のように、端がないのです」となります。

「出口」という言葉は、単なる「終わり」を意味するものではありません。
出口から建物を出れば、そこには外の世界が広がっているのです。

出口設計が見ようとしているのは、
出口から出た人々が、次にどこへ向かうのか。
ということです。

だから、出口とは終わりではありません。
出口は、次の未来への入口です。

近代法が獲得したEntityを守る仕組みを手放さない。
近世社会が持っていたRelationへの観測点からも学ぶ。
けれど、どちらかの時代へ戻るのではない。

過去から学び、現在の制度を生かしながら、その先にある未来をつくる。
それこそが、ここでいう「出口設計」です。

では、この観測点を法の世界だけではなく、私たちの社会全体へ広げてみたら、何が見えてくるのでしょうか。
家族にも、会社にも、地域にも、そして国家と国家の関係にも、「問題が終わった翌日」があります。

最終章では、もう一度、
「出口とは、終わりではなく、未来への入口である」
というところへ戻って、この論考を結びたいと思います。

第六章 出口とは、終わりではなく、未来への入口である

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ここまで、法制度を題材に、「出口」というものについて考えてきました。
けれど、この問いは、裁判や法律の世界だけにあるものではありません。
家庭にも、学校にも、会社にも、地域にも、そして、国家と国家との関係にもあります。

人と人が関わるところには、意見の違いが生まれます。
利害がぶつかることもあります。
ときには、深く傷つけ合うこともあるでしょう。

そのとき私たちは、つい、
「誰が悪いのか」
「誰が正しいのか」
「責任は誰にあるのか」
「どう決着させるのか」
などと考えます。

もちろん、それらすべてを否定するものではありません。
誰が何をしたのかを明らかにし、責任の所在を明確にし、守られるべき人の権利を守ることは重要です。
これを曖昧にしたまま、
「まあまあ、仲良くしましょう」で済ませてよいわけではありません。

けれど、ここまで考えてきた私たちは、そこにもう一つの問いを加えることができます。
それが、
「その決着の翌日から、どんな未来を始めるのか」
という問いです。

たとえば、家庭で夫婦が激しく言い争ったとします。
どちらが正しいのか、どちらの言葉が相手を傷つけたのかを考えることも必要でしょう。
けれど、話し合いが終わった翌朝にも、暮らしは続くのです。
だから、「明日の朝、どんな『おはよう』から始めるのか」という問いが生まれます。

学校で子供同士が喧嘩をした場合も同じです。
先生が事情を聞き、悪かったところを注意し、必要なら謝らせる。
それで一件落着になるかもしれません。
けれど、本当の意味で大切なのは、その子供たちが翌日から、再び学校生活を始められることです。

会社で意見が対立した場合も同じです。
会議で結論を出すことはできます。
上司が判断することもできます。
規則によって決着させることもできます。
しかし、会議が終われば、翌日からまた仕事が始まります。
ならば、「決着をつけること」と「次の仕事が始められること」は、同じではないという観測点が必要になります。

国家と国家との関係でも同じです。
戦争には、いつか終わりがあります。
停戦が成立し、条約が結ばれ、国境や賠償などについて合意がつくられます。
しかし、それで人々の暮らしまで終わるわけではありません。
戦争が終わった翌日からも、人々は再び生きなければならないのです。
そして、壊れた家を建て直し、道路を直し、学校を開き、商売を始める。
傷ついた人々の暮らしを支える。
そして、ときには昨日まで敵だった人々とも、同じ世界で生きていくのです。

だからこそ、戦争についても、
「どう終わらせるか」だけではなく、
「終わったあと、どんな未来を始めるのか」
という観測点が必要になります。

ここまで来ると、出口設計という考え方が、何をしようとしているのかが見えてきます。
出口設計は、すべての問題を解決する万能思想ではありません。
法に代わるものでもありません。
政治に代わるものでもありません。
経済や教育、医療、福祉など、それぞれの専門領域に代わるものでもありません。

それぞれの制度には、それぞれの役割があります。
法が守るべきものは、法が守る。
個人の権利は、一人のEntityとして守る。
そこを曖昧にしてはいけません。

そのうえで、私たちは、
「その制度が役割を果たしたあと、人々はどこへ向かうのか」
という観測点を加える必要があると考える。
これこそが出口設計です。

日本は近代化によって、一人ひとりを権利主体として守る大切な仕組みを獲得しました。
これは、手放すべきものではありません。
一方で、人と人との「あいだ」にあるものすべてを、法制度が引き受けることもできません。

信頼、感情、人と人とのつながり、そして再出発。
これらは、判決文に書けば生まれるというものではありません。
だからといって、どちらかを否定する必要はないのです。

Entityか、Relationかではない。
Entityを守ったうえで、Relationをどうつくるのか。

そしてRelationが壊れたなら、
Entityを犠牲にすることなく、どのようなRelationなら再び可能なのか。
そこを考えたいと申し上げたいのです。

結び直すこともあるでしょう。
距離を置くこともあるでしょう。
まったく新しいRelationをつくることもあるでしょう。

大切なことは、昔と同じ形へ戻すことではありません。
その先を、人々が再び歩き始められることです。

これらは、「改善」という言葉ともつながります。
「改善」は、今を壊すことではありません。
いまある問題点を直視し、より良い未来へ、今をつなぎ直すことです。

過去を否定する必要もありません。
現在を壊す必要もありません。
未来を誰かの理想によって固定する必要もありません。
過去から学び、現在までに獲得してきたものを大切にしながら、
「この先、どんな未来にしたいのか」
という観測点から、いま何をすべきかを考えるのです。

出口設計とは、そのための考え方です。

このときに使う問いは、とても単純です。
・最後、どうなる?
・壊れない?
・みんなが笑顔になれる?

完璧な答えが最初からわからなくてもいいのです。
大切なことは、問題の中だけを見続けるのではなく、その先にある未来へ観測点を動かしてみることです。

すると、「勝つか負けるか」だけだった世界に、
「そのあと、どうする?」という新しい問いが生まれます。
「正しいか間違っているか」だけだった世界に、
「その先に、何をつくる?」という問いが生まれます。

それは、争いをなかったことにすることでも、責任を曖昧にすることでもありません。
必要な決着をつけ、
守るべきEntityを守り、
その先に新しいRelationをつくり、
そこから新たなCirculationを始めていくことです。

Entity → Relation → Circulation。
その循環が動き始めたとき、出口は単なる「終わり」ではなくなります。

第一章の冒頭で、私はこう書きました。
判決の翌日から、人はまた暮らしていく。
ここまで読んでくださった方には、この言葉が最初とは少し違って聞こえるかもしれません。

判決だけではありません。
喧嘩の翌日から、人はまた暮らしていく。
離婚の翌日から、人はまた暮らしていく。
会社で対立した翌日から、人はまた働いていく。
争いが終わった翌日から、地域の暮らしはまた始まっていく。
そして戦争が終わった翌日からも、人々はまた生きていかなければならない。

だから、問題を「どう終わらせるか」だけでは足りないのです。
その終わりから、どんな未来を始めるのか。
そこまでを観測点に入れて、今日の選択を考える。

法制度をなくす必要はありません。
過去へ戻る必要もありません。
いまあるものを大切にしながら、より良い未来へつなぎ直していけばいい。
そのために必要なのが、「出口」という観測点なのだと思います。

出口とは、問題から逃げる場所ではありません。
出口とは、すべてが終わる場所でもありません。
扉を開ければ、その向こうには、まだ道が続いています。

だから――
出口とは、終わりではなく、
未来が始まる場所なのです。

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