人間関係に行き詰まると、私たちはつい「相手が変わってくれれば」と考えます。けれど、変えることができるのは、相手そのものではなく、二人の「あいだ」なのかもしれません。命令する―従う、責める―守る、教える―教わる。人と人との「あいだ」にあるRelationに観測点を移してみると、そこには、それまで見えなかった可能性が現れてきます。Relationから余白へ、そして「結び」へ。今日は、人間関係を少し違った角度から考えてみます。

_
** Relationとは、相手を変えることではなく、「あいだ」を変えることで、互いの可能性をひらくこと。**
人間関係がうまくいかないとき、私たちはつい、相手を変えようとします。
「もう少しわかってくれたらいいのに」
「どうしてあの人は、いつもああなんだろう」
「もっとちゃんとしてくれれば、うまくいくのに」
そう思うことは、誰にでもあるのではないでしょうか。
けれど実際には、相手には相手の人生があり、立場があります。
自分とは違う経験をし、違う景色を見て、違う価値観の中で生きてきた人です。
そんな相手を、自分の思い通りに変えることはできません。
では、互いの関係は、変えられないものなのでしょうか。
そんなことはありません。
相手そのものを変えなくても、二人の「あいだ」は変えることができる。
これが、** Relationという観測点**です。
たとえば、いつも命令する人と、それに従う人がいるとします。
「命令する人は性格が悪い」
「従う人は意志が弱い」
人物だけを見れば、そんな評価になるかもしれません。
けれど観測点を、二人の「あいだ」に移してみると、そこには、
「一方が決め、一方が従う」
というRelationがあることに気づきます。
そこで、命令する代わりに、
「あなたはどう思うのですか?」と尋ねてみる。
相手は何も変わっていません。
こちらも別人になったわけではありません。
けれど、「あいだ」が変わります。
「命令する―従う」というRelationだったものが、
「問いかける―考える」というRelationへ変わるのです。
すると、それまで黙って従っていた人から、思いもよらなかった意見が出てくるかもしれません。
逆もあります。
いつも誰かに決めてもらっていた人が、
「私はこうしたい」と一言、自分の考えを口にしてみる。
すると今度は、相手の側に、
「この人はそんなことを考えていたのか」
という新しい発見が生まれるかもしれません。
つまり、人と人との可能性は、実は、その人の中だけにあるのではないのです。
人と人との「あいだ」によって、現れたり、隠れたりするのです。
同じ人でも、ある場所では何も話さないのに、別の場所では生き生きと話すことがあります。
ある人の前では緊張して何もできないのに、別の人と一緒なら驚くほど力を発揮することもあります。
人間そのものが突然変わったわけではありません。
変わったのはRelationです。
大ヒットしたテレビドラマ『半沢直樹』や『花咲舞が黙ってない』などの原作で知られる池井戸潤さんは、元銀行員としての経験も活かしながら、大きな組織の中で生きる人々や、そこで生まれる人間関係を描いた作品を数多く発表されています。
そこでは、権力をかさにきたパワハラ上司の支店長や、本部部長などが、しばしば登場します。
もちろん、それらは単なる「物語」ですが、視聴者が「そうだそうだ!」と納得できたのは、世の中に、実際に、「一方が決め、一方が従う」という支配の関係性(Relation)が、様々な組織に存在していることを裏付けているように思います。
また、主人公たちは、そうした一方的な力関係に立ち向かい、それまで固定されていたRelationを揺さぶる存在として描かれてもいます。
こうしたフィクションが、大ヒットにつながった理由もまた、現実には支配の関係性を乗り越えることができないことが多い状況を表しているのかもしれません。
乗り越えなくても、日々を耐えて過ごすことはできます。
けれど、乗り越えようと思うなら、
「相手のどこが悪いのか」だけを見るのではなく、
「いま、この人とのあいだに、どんなRelationができているのだろう?」
と観測点を動かしてみることが大事なのではないかと思います。
責める ― 守る。
教える ― 教わる。
命令する ― 従う。
期待する ― 応えようとする。
評価する ― 評価される。
助ける ― 助けられる。
私たちは知らないうちに、さまざまなRelationの中にいます。
それらが悪いわけではありません。
教えることが必要なときもあれば、誰かの助けを借りなければならないときもあります。
ただ、大切なことは、その関係性を「固定しない」ことです。
「この人はこういう人だ」
「私はこういう役割だ」
「この二人はこういう関係だ」
そう決めた瞬間、人だけでなく「あいだ」まで固定されてしまうからです。
人には、いまとは違う別のRelationをつくることができます。
そして、別なRelationを作るにはどうしたら良いかと問いを持つと、
そこに余白が生まれます。
相手を説得するのではなく、尋ねてみる。
正しさを示すのではなく、相手が見ている景色を聞いてみる。
答えを与えるのではなく、一緒に考えてみる。
誰かを変えようとするのではなく、二人の「あいだ」に置くものを変えてみるのです。
すると、相手の違った姿が見えてくることがあります。
そして同時に、自分自身の違った姿も見えてきます。
Relationは、相手を操作するための技術ではありません。
人を自分の望む方向へ動かすための思想でもありません。
わかりやすく言うなら、それはきっと、
人と人との「あいだ」に、これまでとは違う可能性が生まれる「余地をつくること」ではないか。
だから私は、こう考えるのです。
Relationとは、相手を変えることではなく、
「あいだ」を変えることで、互いの可能性をひらくこと。
相手を変えようとすれば、そこに対立が生まれます。
けれど「あいだ」を変えるなら、相手も自分も、そのままで始めることができます。
そして、その「あいだ」から、
それまで誰も気づかなかった、新しい未来が生まれます。
それが、「結び」です。
「結び」は、Relationから始まるのです。
——今日も良い一日を♪
_
📘倭塾LINE
倭塾LINEには、本編だけでなく、ちょっと笑える「番外編」もあります。

_
■新刊 大好評発売中
これが私の集大成本です。
『思想の時代は終わった』
https://amzn.to/3P5D0lS

_


