「相手の立場になって考えなさい」・・・子どもの頃、誰もが一度くらいは聞いたことのある、ごく普通の言葉です。けれど、あらためて考えてみると、これは「自分のいる場所だけから世界を見るな」という、ずいぶん高度な教えなのかもしれません。そして不思議なことに、日本語や『古事記』『万葉集』『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの古典を見ていくと、そこにも、自分から相手へ、現在から過去へ、そして未来へと、観測点を動かしながら世界を見る姿が現れます。「お天道様が見ている」「ご先祖様に顔向けできない」「お互いさま」も、もしかすると同じなのではないでしょうか。
今回は、私たちにはあまりにも当たり前すぎて、かえって見えなくなっていたかもしれない、日本文化の「観測点を動かす」という思考習慣について、日本語、古典、暮らし、そしてRelationと出口設計までをつないで考えてみたいと思います。

日本人は、なぜ「相手の立場」で考えるのか

1 「相手の立場になって考えなさい」という不思議な教え

子どもの頃、親や先生から、
「自分のことばかり考えないで、相手の立場になって考えなさい」と叱られた経験のある人は、少なくないと思います。
正直な話、ボクなんかしょっちゅうでした(笑)。
私たち日本人にとっては、あまりにもありふれた言葉でもあります。
でも、あらためて考えてみると、これはずいぶん高度なことを子どもに要求しているのかもしれません。

人は本来、自分の目で世界を見ます。
痛いのも自分だし、悲しいのも自分、うれしいのも自分です。
だから、自分から見れば、
「僕は悪くない」
「あの人がひどいことを言った」
「私は正しい」
となります。
これはある意味、当然といえるものです。

ところが日本の大人たちは、そこで子どもに言うのです。
「相手の立場になって考えなさい!」

単に「相手にやさしくしなさい」という意味だけではありません。
自分がいま立っている場所から、いったん離れてみなさい。
そして相手のところまで行って、同じ出来事を、そこからもう一度見てみなさいということです。

いまの私たちの言葉で表現するなら、これは、
「自分という観測点を絶対化しない」ということになります。

考えてみれば、日本には似たような言葉がたくさんあります。

「お天道様が見ている」
これは、自分でも相手でもない、さらに外側から自分を見ることです。

「ご先祖様に顔向けできない」
これは、過去に生きた人の位置から現在の自分を見ることです。

「子や孫に、どんな日本を残すのか」
となれば、今度は未来に生きる人の位置から、現在の私たちを見ることになります。

つまり私たちの文化では、観測点が、人から人へ移るだけではなく、
現在から過去へ。 現在から未来へ。 自分から相手へ。 個人から共同体へ。
と、まるで時間と空間を越えて、自在に動いていくのです。

私自身、歴史や古典について文章を書くとき、こうしたことを特別な技法として意識したことはありません。

ところが最近、過去に書いた文章をあらためて読み返していて、自分が一つの出来事について、登場人物から別の人物へ、現在から過去へ、さらに未来へと、観測点を頻繁に動かしながら書いていることに気づきました。

たとえば静御前のお話なら、一般的には、「悲劇の女性」「義経との恋」「頼朝との対立」「鶴岡八幡宮で舞った女性」といった枠で静御前を見ようとするし、その枠の中で資料を集め、筋の通った説明を組み立てます。
これは論理的思考として正しい展開です。

けれど私の文章は、いま見返してみると、視点が、静御前本人の視点、義経から見た視点、頼朝の視点、政子の視点、当時の武家社会全般からの視点、後世からの視点、その場にいた人たちの視点等と、視点そのものが自由に移動し、そしてまた俯瞰へ戻ったりしています。

こうした視点の移動は、日本の物語や歴史叙述の中でも、決して珍しいものではありません。

つまり、もしかすると私たち日本人は、昔から、観測点を一か所に固定しない世界の見方を、文化の中で育ててきたといえるのです。

2 日本語は「いつ」よりも「どこから見るか」を大切にしてきた

英語を学ぶとき、多くの日本人が最初につまずくものの一つが「時制」です。
現在形、過去形、現在進行形、現在完了形、過去完了形……。
英語では、ある出来事について語るとき、その出来事が時間軸のどこに位置するのかを、文法の上でも明確にすることが重要になります。
そこで私たちは、日本語の「〜した」を過去形、「〜している」を進行形、「〜するだろう」を未来の表現として対応させながら英語を学びます。

けれど、ここで注意が必要です。
だからといって、昔の日本語に「過去」や「未来」という時間感覚がなかったわけではないのです。
もちろん古語にも、「き」「けり」「つ」「ぬ」「たり」「り」など、過去・完了・存続などにかかわる助動詞はあります。
けれど、時間の捉え方そのものが、英語などとはかなり違うのです。

たとえば日本語の「た」は、いつでも単純な過去を表すわけではありません。
探していた鍵を見つけて、「あった!」と言いますが、鍵は過去に存在して、いま消えてしまったわけではありません。目の前にあります。

他方、待ち合わせ場所に友人が現れて、「あ、来た!」とも言います。
友人は「過去に来た人」ではなく、いま目の前にやってきた人です。

つまり「た」は、単純に時計上の過去を示しているのではなく、話者がその出来事をどのように認識したのかということと結びついています。

古語の「けり」にも、これと通じる興味深い性質があります。
単なる過去だけでは説明しきれない、気づきや詠嘆にも用いられます。

つまり日本語では、
「それは時間軸のどこにある出来事か」
ということだけではなく、
「いま、この話者から、それがどのように認識されているのか」が、言葉の形に深くかかわっているのです。

もう一つ、日本語の大きな特徴としてよく挙げられるのが、主語の省略です。
英語なら、
I think.
You said.
He went.
などというように、「誰が」という主体を明示します。

ところが日本語は、
「そう思うよ」
「そう言ってたよ」
「もう行ったよ」
だけで会話が成立します。
誰が思ったのか。
誰が言ったのか。
誰が行ったのか。
それを毎回言わなくても、その場にいる人たちの関係や文脈によってわかるからです。

ここには、かなり興味深い違いがあります。
言葉を発するたびに「私」「あなた」「彼」というEntityを明示して世界を組み立てなくても、人と人とのRelationの中から主体が立ち現れる。
日本語には、そのような特徴があるように思えるのです。

さらに日本語には、敬語があります。
同じ一つの行為でも、
「行く」
「いらっしゃる」
「参る」
では、起きている出来事そのものは「行く」なのに、それぞれ意味が違います。

誰から誰を見ているのか、話者と相手がどのような関係にあるのかによって、使われる言葉が変わるのです。
言い換えれば、Entityだけでは言葉が決まらず、Relationによって言葉の形そのものが変わるのです。

つまり日本語では、出来事だけを取り出して表現するのではなく、
その出来事を取り巻く人と人との関係を、言葉の中に織り込むという特徴があるのです。

つまり日本語は、
「主語を省略する言語」
「曖昧な言語」
「時制が弱い言語」
と説明するだけでは、説明できないのです。
それでは大切なものを取り落としてしまいます。

むしろ、日本語は、固定された一つの主体から世界を記述すること以上に、その場の関係や、話者がどこから世界を見ているのかを大切にしてきた言語なのではないでしょうか。

そして、この仮説をさらに面白くしてくれるのが、日本の古典文学です。
『古事記』も『万葉集』も、『竹取物語』も『源氏物語』も『平家物語』も、そこでは、一人の人物の目から見た世界だけが、最初から最後まで固定されているわけではありません。
人物だけでなく、立場や時間の経過によって、観測点が自在に移動しているのです。

では、日本人は古典の中で、いったいどのように観測点を動かしてきたのでしょうか。
次に、実際の作品の中へ入ってみたいと思います。

3 古典の中を自在に動く「観測点」

では、日本の古典を見てみましょう。
ここで注意しておきたいのは、「日本の古典には視点移動がある。だから日本だけが特別だ」と言いたいのではないということです。
世界の文学にも、複数の人物の立場から出来事を描く作品はいくらでもあります。

ここで問いたいのは、もっと別なことです。
日本の古典を長い時間軸で横断してみたとき、一つの固定された主体から世界を見るのではなく、観測点を人物から人物へ、さらには時間や空間を越えて動かしながら、出来事の意味を浮かび上がらせるという傾向が、どの程度見えてくるのか。
その点を見てみたいのです。

『古事記』――神の世界から人の世界を見る

まず『古事記』です。
『古事記』の冒頭は、「天地初めて発けし時」から始まります。
まだ日本という国もない。
人間社会もない。
もちろん、これを書いている人間自身もそこにはいません。

にもかかわらず、語りは天地生成のところまで遡ります。
ここでの観測点は、「私」ではありません。
いわば、世界そのものを外側から俯瞰するような観測点です。
実際、『古事記』『日本書紀』の視点構造については、時空間の位置を越えた「超越的視点」という分析もあります。

ところが『古事記』は、ずっとその位置から神々を眺め続けるわけではありません。
イザナキとイザナミの物語になれば、夫婦の関係へ降りていく。
黄泉国では、死者となったイザナミと、それを追ってきたイザナキという二つの立場が現れます。

天照大御神と須佐之男命の物語になれば、姉から見た弟と、弟から見た姉では、同じ出来事の意味が違って見えてきます。

大国主神の物語では、兄神たちから見れば大国主神は弟の一人ですが、因幡の白兎から見れば、自分を救ってくれた存在になります。

つまり人物は、それ単体で「何者か」が決まるのではなく、
誰との関係に置かれるかによって、その人物の姿が変わって見える。
ということを描いているように見えます。

神代から人代へと進むにつれて、観測点そのものも、天地生成という巨大な場所から、夫婦、兄弟、親子、氏族、そして国へと降りていきます。

つまり『古事記』は、巨大な宇宙論を一つの固定した場所から説明しているのではなく、さまざまなRelationの中へと観測点を移しながら、我が国と人々の世界がどのように結ばれてきたのかを語る物語と読めるのです。

『万葉集』――他人の悲しみの中へ入っていく

次に『万葉集』です。

『万葉集』は、ある意味不思議な書物で、一冊の中に「一人の主人公」がいません。
天皇が、ご皇族が、官人が、防人が、妻が、夫が、そして名も残らない人々が詠んでいます。

つまり読む側は、歌を一首読むたびに、違う人のところへ観測点を移すことになります。
今日は都の人の心にいて、次の歌では旅人になり、さらに次の和歌では、夫を待つ妻になります。

その極端な例の一つが、柿本人麻呂の歌にあります。
人麻呂は、自分自身の経験だけを歌う人ではありません。
道端に倒れて亡くなった人を見て、その人には妻がいたのではないか、家ではその帰りを待っているのではないか、と、死者の背後にある人生へ想像を伸ばしていく歌があります。

ここで重要なことは、目の前にある「死体」という事実だけを見て終わっていないことです。
観測点が、
自分 → 死者 → その死者を待っているであろう家族へと動いています。

自分には直接関係のない人の死なのに、その人にも暮らしがあり、誰かとのRelationがあり、帰りを待っている人がいたかもしれない。
つまり他人の人生の中へ、自分の観測点を移していくわけです。
これはまさに、「相手の立場になって考えてみる」という行為そのものといえます。

『万葉集』が残したのは、三十一文字の美しい日本語だけではありません。
そこにあるのは、自分とは違う人の心へ移動して世界を見るための無数の入口です。

『竹取物語』――同じかぐや姫が、Relationによって違って見える

『竹取物語』になると、この構造はさらにわかりやすくなります。
主人公は、もちろんかぐや姫です。
けれど、物語を「かぐや姫本人の視点」だけから読むことはできません。

竹取の翁から見れば、かぐや姫は竹の中から授かった、かけがえのない娘です。
五人の求婚者から見れば、どうしても手に入れたい絶世の女性です。
ところがかぐや姫から見れば、その求婚そのものが迷惑なものかもしれない。

求婚者たちはそれぞれ難題に挑み、嘘をついたり、偽物を作ったり、本当に危険な旅に出たりします。
その過程では求婚者だけでなく、従者や職人たちまで物語の前面に現れます。
たとえば庫持皇子の「蓬莱の玉の枝」の話では、枝を作らされた工人たちが賃金不払いをかぐや姫に訴えるところまで描かれています。

つまり一つの「求婚」という出来事について、
かぐや姫から見る。翁から見る。求婚者たちから見る。その部下から見る。職人から見る。と、次々に違う景色になっていきます。

さらに帝(みかど)が登場すると、もう一つの観測点が加わります。
帝から見れば、かぐや姫は自分のもとへ迎えたい女性です。
ところが、かぐや姫は帝の権威にも従わない。
物語では勅使との緊張した応酬まで描かれています。

そして最後に、月から迎えが来ます。

すると読者は、ここで初めて、それまで地上の人間関係の中だけで見ていたかぐや姫を、
月の世界とのRelationから見直すことになります。
こうなると、それまでの物語全体の意味まで変わってきます。

翁の娘だったかぐや姫。
求婚される女性だったかぐや姫。
帝にも従わなかったかぐや姫。

それらすべては、間違った姿ではありません。
観測点が違うことで、同じかぐや姫が違って見えるということです。
そして、その全部を重ね合わせたところに、かぐや姫という存在が浮かび上がります。

これは非常にRelation的な人物造形です。

『源氏物語』――人間は「誰とのあいだにいるか」で変わる

そして『源氏物語』です。
この作品になると、観測点の移動はさらに複雑になります。
主人公は光源氏ですが、光源氏だけの物語ではありません。
桐壺更衣から見る、藤壺から見る、葵の上から見る、六条御息所から見る、紫の上から見る、明石の君から見るなどが行われています。
そしてこうなることで、同じひとりの光源氏という人物が、相手によってまるで違う人物にさえ見えるように描写されています。

ある女性にとっては憧れの人であり、別の女性にとっては苦しみをもたらす人であり、別の人物から見れば、政治的な存在でもあります。

ここで重要なことは、
「本当の光源氏はどれなのか」
と一つに決める必要がないことです。
どれも光源氏なのです。

なぜなら人間は、孤立したEntityとして存在しているだけではないからです。

母とのRelation、父とのRelation、妻とのRelation、恋人とのRelation、子とのRelation、社会とのRelation。
その関係が変われば、同じ人物であっても、別の姿が現れます。

だから『源氏物語』では、一人の人物について、外から見た姿と、その人物の内側にある思いとが重なり、また別の人物へと焦点が移っていきます。
古典物語の視点研究でも、『源氏物語』などには作中人物の視点、語り手の外部視点、人物の内面、外面などが重層的に現れると分析されています。

これは単なる文学技巧以上のものとして読むことができます。
人間は、一つの場所から見ただけではわからない。
その人を理解しようとするなら、観測点を動かさなければならない。
『源氏物語』は、千年も前から、そのことを巨大な物語の中で描いていたのです。

『平家物語』――勝者から敗者へ、現在から未来へ

そして『平家物語』です。
これは今回のテーマを考えるうえで、とても重要な作品です。
なぜなら冒頭から、
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
と始まるからです。

物語の中の平家は、その瞬間には栄華の頂点にいます。
ところが語り手は、その現在だけを見ていません。
すでに滅びた未来から、栄えている現在を見ています。

ここでは観測点が、時間軸の上を大きく移動しています。
いま勝っています、いま権力を持っています、いま栄えています。
しかし未来から現在を見れば、「その栄華は永遠ではない」と違う景色が見えてくることが冒頭から述べられています。

しかも『平家物語』は、源氏が正義で平家が悪、という単純な物語にはなっていません。
たとえば熊谷直実と平敦盛の場面です。

戦場という一枚の観測面から見れば、
源氏と平家、敵と味方、勝者と敗者です。

ところが熊谷が敦盛を討とうとした瞬間に、観測点が変わります。
目の前にいるのは単なる「敵兵」ではなく、自分の息子ほどの年齢の、一人の若者になるのです。

「敵」というEntityの記号が外れた瞬間、そこに一人の人間が現れる。
これは非常に大切な視点です。

現代の『平家物語』論でも、この作品には勝者/敗者、敵/味方という境界が崩れる瞬間が繰り返し描かれていることが指摘されています。

観測点が固定されているあいだ、敦盛は「敵」です。 観測点を動かした瞬間、敦盛は「誰かの息子」であり、一人の若者になるのです。

そしてさらに後世から見れば、熊谷も敦盛も、ともに戦乱の時代を生きた人間です。
勝ったとか、負けたとか、敵だ、味方だという区分さえ、時間という大きな観測点の移動によって相対化されていくのです。

古典が教えてくれるもの

こうして並べてみると、それぞれの作品がまったく違う方法で、観測点を動かしていることが見えてきます。

『古事記』では、天地から人間関係へ。
『万葉集』では、自分から他者の心へ。
『竹取物語』では、人物から人物へ。
『源氏物語』では、Relationから別のRelationへ。
『平家物語』では、敵から人間へ、そして現在から未来へ。

もちろん、これだけで「日本文化とは観測点を動かす文化である」と証明できたことにはなりません。

けれど、少なくとも一つの興味深い傾向は見えてきます。

それは、日本の古典は、人間や出来事を、一つの固定された位置からだけ眺めて終わらない。

観測点を動かすことで、同じ人であっても別な側面を見せる。 同じ出来事であっても、違って見える。 正しいと思っていたことさえも、違う姿が描かれています。

そして大切なことは、どれか一つを「正しい観測点」として選び、残りを捨てることをしていません。
それぞれの場所から見えた景色を重ね合わせ、そこから、ひとりの人間、一つの出来事、そして世界を、より立体的に捉えようとしているのです。

そしてこのような文化が、私たちが子どもの頃から何気なく聞かされてきた、
「相手の立場になって考えなさい」
という親の一言に集約されています。

それは「自分を捨てなさい」という教えではありません。
自分という一つの観測点だけを、世界のすべてにしない。
自分から相手へ、相手から第三者へ、現在から過去へ、そして未来へと、観測点を動かすことで、一枚の平面だった世界を、立体的に把握する試みです。

では、このような「観測点を変える」という見方は、古典の中だけに存在しているものなのでしょうか。
実は私たちの日常には、いまもその痕跡がたくさん残っています。

4 古典の「観測点」は、いまも私たちの暮らしの中にある

ここまで日本の古典を見てきました。
しかし、観測点を動かして物事を見るという文化は、古典の中だけに残されたものではありません。
むしろ私たちは、いまでも日常生活の中で、ごく自然にそれを行っています。

たとえば、「お天道様が見ている」という言葉があります。
誰も見ていないところで悪いことをしようとした子どもに、昔の大人たちはこう言いました。
「誰も見ていなくても、お天道様が見ているよ」

これは宗教的な戒めではありません。
いま自分が立っている場所から、自分自身を見るだけなら、
「誰も見ていないからいいだろう」となります。
ところが「お天道様」という観測点を置いた瞬間、自分は「見る側」から「見られる側」になります。

つまり、自分 → 自分を見ている外側の存在へと観測点が移動するのです。
すると、同じ自分の行為が違って見えてきます。

「ご先祖様に顔向けできない」という言葉も同じです。
ご先祖様は、いまここにはいません。
それでも私たちは、「こんなことをしたら、ご先祖様に顔向けできない」と言います。

これは考えてみれば、とても不思議な表現です。
自分が現在から過去を見るのではありません。
過去に生きた人の位置へ観測点を移し、そこから現在の自分を見ているのです。
時間軸を逆向きに移動しています。

さらに、「子や孫に、どんな日本を残すのか」となったらどうでしょう。
今度は反対に、まだ生まれていないかもしれない未来の人々の位置まで観測点を移し、そこから現在の私たちを見ています。

いま便利だからいい、いま儲かるからいい、いま自分が幸せならいい、という視点だけではなく、
「百年後の人たちから見たら、いまの私たちの選択はどう見えるだろう」と考えているのです。
こうして、観測点を未来へ置くことで、現在の選択の意味が変わるのです。

さらに、日本人がよく使う、「お互いさま」という言葉もそうです。
困っている人を助けたとき、「ありがとう」と言われて、
「いやいや、お互いさまですよ」と答える。
これも不思議な言葉です。

助けた側と助けられた側という二つのEntityだけを見れば、そこには一方向の関係があります。
AさんがBさんを助けた。
だからBさんがAさんに恩を負った。

これだけなら貸し借りの関係です。
けれど「お互いさま」と言った瞬間、その関係が変わります。

今日は私があなたを助けた。
明日は私が誰かに助けてもらうかもしれない。
あなたもまた、別の誰かを助けるかもしれない。

すると、「私があなたを助けた」という一点から、「人は互いに支え合って生きている」というRelation全体へ観測点が移動します。
だから「お互いさま」なのです。

そして、「相手の身になって考えなさい」という言葉。
これは、今回の論考の出発点そのものです。

自分には自分の事情がある。
けれど相手にも相手の事情がある。
だから自分の場所から相手を裁く前に、いったん相手のところへ行って、そこから同じ出来事を見てみる。

すると、「あいつが悪い」と思っていた出来事が、「あの人にも、そうせざるを得ない事情があったのかもしれない」と違って見えてくるのです。

もちろん、だから何でも許せ、ということではありません。
間違っていることは間違っているし、悪いことは悪い。
けれど、理解することと、賛成することは違います。

相手の観測点へ移動することは、自分の判断を放棄することではありません。
むしろ複数の場所から同じ出来事を見ることで、より立体的に判断できるようにすることです。

こうして見ると、
「お天道様が見ている」 「ご先祖様に顔向けできない」 「子や孫に何を残すか」 「お互いさま」 「相手の身になって考えなさい」
という、一見するとまったく別々の日本語の奥に、一つの共通した構造が見えてきます。

それは、「いま、ここにいる自分だけを、世界を見る唯一の場所にしない」ということです。

自分から相手へ。
現在から過去へ。
現在から未来へ。
当事者から第三者へ。
個人から共同体へ。

我が国では、こうして観測点を動かしながら、自分の行為や出来事の意味を考える文化が育まれてきたのではないでしょうか。

だとすれば、古典の中に見た「観測点を動かす文化」は、決して失われた過去のものではありません。
いまも私たちが何気なく口にする言葉の中に、その文化はちゃんと生きている。

私たちは、それを失ったのではない。
あまりにも当たり前すぎて、その意味を忘れていただけなのです。

5 観測点を動かすことから、Relationの文明へ

では、なぜ「観測点を動かす」ということが、文明探求にとって大切なのでしょうか。

ここで、これまで述べてきた「Entity と Relation」という二つの見方につながります。

Entityは、ものごとを一つの独立した存在として捉える見方です。

私、あなた、国家、会社、民族、宗教、政党、思想。
それぞれを一つのEntityとして区切れば、私たちは世界をわかりやすく整理できます。

これは決して悪いことではありません。
むしろ物事を分析し、論理的に考えるために、とても重要な方法です。

では、そこにある問題とは、何でしょうか。
それは、Entityを絶対化したときに起こることです。

「私は正しい」
「あいつは間違っている」
「こちらが善で、あちらが悪だ」
と観測点を一か所に固定すると、世界はそこから見える景色だけになります。

すると相手は、敵、味方、右翼、左翼、保守、リベラル、外国人、日本人などといった「記号」になります。

これは、近世ヨーロッパの魔女迫害にも似ています。
ひとたび「あの人は魔女だ」という記号が貼られると、その人がどのような人生を生き、どのような事情を抱えた一人の人間なのかが見えなくなります。
人間そのものではなく、「魔女」という記号だけが独り歩きするのです。
そうなることで、通常なら到底できないような苛烈な迫害さえも、正当化されてしまうのです。

だからこそ、観測点を動かすことが大事になります。
すると、その記号の向こう側に、あらためて人間が現れるのです。
『平家物語』で、熊谷直実の前にいた敦盛が、単なる「平家の敵兵」ではなく、自分の息子ほどの年齢の若者として見えてきたようにです。

ここで世界の見え方が、EntityからRelationへと変わるのです。

ただ、観測点を動かすためには、一つ必要なものがあります。
それが、
余白です。

自分は絶対に正しい。
答えはこれしかない。
あいつが悪い。
こうでなければならない。
心がそれだけでいっぱいになっていたら、観測点は動きません。

観測点を動かすためには、「もしかしたら、別の見方があるかもしれない」という小さな空間が必要です。
それが余白です。

余白があるから、観測点を動かせるのです。
観測点を動かすと、相手の位置から世界を見ることができるのです。

そう考えると、華道、書道、武道、坐禅、能など、日本文化のさまざまな領域で「間」や余白が重んじられてきたことも、同じ方向から捉え直すことができます。
余白があることで、二つのEntityの「あいだ」にあるものが見える。
その「あいだ」を見る視点が、Relationです。

そしてRelationが見えてくれば、「どちらが正しいか」だけではなく、
「この関係を、どうしたらもっと良いものにできるだろう」という問いが生まれます。

なぜなら Relationは、相手が「何者か」というだけではなく、自分と相手との「あいだ」に何があるのかを見ようとするからです。

「1」というEntityは、1のままです。
「2」というEntityも、2のままです。
けれど、1と2を足すのか、引くのか、掛けるのか、割るのかによって、答えは変わります。

1と2の間に、どのようなRelation を入れるかによって、答えが変わるのです。
Entityが同じでも、Relationが変われば、そこから生まれる世界は変わるのです。

ここで初めて、結びが可能になってきます。

和は、全員が同じになることではありません。
違う人が、違うまま存在しながら、より良い関係をつくっていくことです。

結びも同じです。
結びは、AをBに従わせることではないし、AとBの違いを消すことでもありません。
違うもの同士の「あいだ」に、新しい価値を生み出していくのが、結びです。

そして、ここまで来ると、さらにもう一つの問いが生まれます。
「では、このRelationを、どこへ向かわせるのか」です。

ここで必要になるのが、
出口設計(Exit Design)です。

関係をつくること自体が目的ではありません。
仲良くすることだけが目的でもありません。

私とあなた。
親と子。
会社と社員。
国と国。
人間と自然。
現在の世代と未来の世代。
それぞれのRelationを、最後にどのような景色へつなげたいのか。
その未来から現在を見直し、いま何を選ぶべきかを考えるのです。

ここで観測点は、再び未来へと移動します。
すると、今回見てきたものが一本の流れとしてつながってきます。

余白 ↓ 観測点の移動 ↓ Relation ↓ 和・結び ↓ 出口設計

ですから余白は、単なる休憩点ではありません。
観測点を動かすための空間なのです。

観測点を動かすとは、自分を否定することではありません。
自分だけを絶対化しないことです。

Relationとは、Entityをなくすことではありません。
異なるEntityの「あいだ」にあるものを見ることです。

和や結びとは、違いを消すことではありません。
違いを残したまま、そこから新しい価値を生み出すことです。

そして出口設計とは、未来を予言することではありません。
どのような未来を選ぶのかを定め、その未来から現在の選択を考えることです。

こうして考えると、「相手の立場になって考えなさい」という、子どもの頃に聞いた何気ない一言が、ずいぶん違って見えてきます。

そこにあったのは、
自分というEntityだけを絶対化せず、
観測点を相手へ移し、
Relationを見つめ、
和と結びを育て、
未来の出口へつなげていく。

という、思考の流れが、すでに含まれていたのです。

そして、それは新しく外国から輸入しなければならない思想ではありません。
『古事記』にも、『万葉集』にも、『竹取物語』にも、『源氏物語』にも、『平家物語』にも書かれていることです。

「お天道様が見ている」にも、
「お互いさま」にも、
「ご先祖様に顔向けできない」にも、
「子や孫に何を残すのか」にも、

そして、「相手の立場になって考えなさい」という、ごくあたりまえの日本語の中にもあるものです。

だからこれは、新しい思想をつくろうという話ではありません。
古典にもあった。
暮らしにもあった。
親の一言にもあった。
でも、それが何を意味するのかを私たちは意識しなくなっていた。
むしろ、私たちが長い時間をかけて育ててきたものを、現代の言葉でもう一度見つめ直そうという話です。

忘れていたものを、発見する。
文明探求とは、案外そういうところから始まるものなのかもしれません。

6 私たちは、忘れていただけなのかもしれない

ここまで、「観測点を動かす」という視点から、日本語や古典、そして私たちの暮らしを見てきました。
けれど、ここで述べてきたことは、何か新しい思想をつくろうという話ではありません。
「相手の立場になって考えなさい」
「お天道様が見ているよ」
「ご先祖様に顔向けできないことはするな」
「子や孫に、どんな未来を残すのか考えなさい」
「困ったときは、お互いさまだよ」
私たちは、ずっと昔から、こんな言葉を使ってきました。

そして古典を開けば、そこには、自分から相手へ、勝者から敗者へ、現在から過去へ、そして未来へと、観測点を動かしながら人間や出来事を見つめる物語が、いくつも残されています。

それは、ひとつの答えだけを絶対化するのではなく、
「別の場所から見たら、これはどう見えるだろう」
と考える文化だったのかもしれません。

昔の日本人が「観測点」や「Entity」「Relation」という言葉を使っていたわけではありません。
けれど、名前がなかったからといって、そこに何もなかったわけではありません。
むしろ、あまりにも当たり前だったから、わざわざ名前を付ける必要さえなかったのかもしれません。

そして近代以降、私たちは物事を分類し、定義し、分析し、一つの観測面から論理的に説明する力を大きく育ててきました。
これは、とても大切な力です。
けれど、私たちはその力を手に入れた一方で、もしかすると、昔から持っていたもう一つの力を、少し忘れてしまったのかもしれません。

自分だけを世界の中心にしない。
相手の場所へ行ってみる。
過去から現在を見る。
未来から今日を見る。
そして、それぞれの「あいだ」に何があるのかを見る。

そこに余白があれば、観測点を動かすことができます。
観測点が動けばRelationが見え、和や結びが育ち、未来の出口を考えることができるようになります。

文明探求とは、新しい正解をつくって、それを人々に教えることではありません。
古典を読み、歴史を振り返り、日々使っている言葉をもう一度見つめることです。

すると、
「あれ? これ、私たちは昔から知っていたんじゃないか」
というものが見つかることがあります。
新しく手に入れるのではなく、忘れていたものを、もう一度見つけるのです。

もしかすると、これからの文明を考えるための大切な知恵は、
私たちがこれから発明するものだけではなく、
すでに私たちの中にあって、ただ忘れていただけのものの中にもあるのかもしれません。

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